63人が本棚に入れています
本棚に追加
彼女の暗証番号
親友の銀行キャッシュカードを盗んだ。
正確に言えば、目の前で奪ってきた。
あたしの彼氏をとった罰だ。
りらちゃんはあたしと違って美人で、モテモテで、恋人のいる男たちすらいとも簡単に陥落させてきた。
だからあたしに久しぶりの彼氏ができたとき、余計なこととは思いつつ念押ししたのに。絶対にとらないでねって。
「いくらなんでも、親友の彼氏に手を出すわけないじゃん」
りらちゃんは、はっきりとそう言った。
「仮にだよ? 仮にそんなことになったら、私のもの何でも取り上げていいよ」
「ほんとに?」
「ほんと。物でも、お金でも」
きっちり言質を取ったのだ。
――それなのに、さっき。
りらちゃんに貸していた本が急に必要になって、アポなしで彼女の部屋を訪れた。
男関係にも身の回りにもだらしのないりらちゃんは、催促しないと他人から借りたものを返さないし、部屋の鍵だって不用心にも開けっ放しにしていることがある。
チャイムを鳴らしても応答がなく、ドアノブを回してみたらかちゃりと開いた。
玄関に見慣れた男物の革靴が並んでいるのを見たとき、頭が真っ白になった。
小さな1Kの部屋の奥で、布団がふたりぶんの人間のかたちに盛り上がっていた。
あたしは無言でずんずん踏み入り、床に放り出されていた彼女のショルダーバッグから財布を取り出し、一万円札とキャッシュカードを無造作に抜き取った。
「……八重ちゃん」
玄関を出るときりらちゃんの細い声がしたけれど、あたしは振り返らなかった。
最初のコメントを投稿しよう!