田中の日常(2)

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田中の日常(2)

田中の顔は紅く染まり、口元は微かに開き、目は虚空を見つめていた。いくつもの想念が浮かんでは消えていく。 瞬間的で、圧倒的な快楽がこの身を支配しているこの瞬間だけは、彼は何も考えずに済んだ。過去も、現在も、未来も彼から遠ざかり、不安や苦しみといった感情は忘却の彼方へと消え去っていった。 田中にとって、それが自由ということだった。自らの人生から目を背け、自らの運命から逃れること、それが彼にとっての自由。自らの生命やら、人生やら、運命やらに責任など持つことをせず、そうした一切を棚に上げて、快楽に浸ることが〈自由に生きる〉ということだった。 田中の考える自由な生き方は、畜生の生き方そのものだった。
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