部屋の開け方

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部屋の開け方

ドアノブが回らない。 いや、ドアノブは物理的には回る。左向きに回転させれば、ドアとドアノブ間に連結されたつなぎ目が解除され、ドアを開けることができる。しかし、田中はドアを開けることができなくなっていた。ドアノブを握るたびに手は震えだし、額からは汗が止めどなく流れた。まるで地獄の門を通過する前の罪人のように、彼はドアの向こう側に広がる世界に行くのを拒んでいた。 そうした身体的な拒絶を一切無視して、田中はドアを開けるのに躍起になっていた。 何度も何度もドアノブを叱りつけ言うことを聞かせようとするのだが、ドアノブは自分の価値観が絶対的だと信じてやまない頑固な老人ように自分の意見を変えることはなかった。 「そ、そんなバカな話があるか!」 田中はドアを思いっきり殴った。 「くそ、なぜ開かない」 ドアに向かって怒鳴りつけても、ドアは親の言うことを聞かない思春期の若者のように、依然として沈黙を守っていた。 「おい、ドア!てめえがおれを通さないっていうなら、こっちにも考えがある。痛い目に遭うぞ?」 涙目になりながら、田中はドアを叱りつけた。田中は「考えがある」と言ったが、この時、田中の頭には何のアイデアも浮かんでいなかった。ただの虚勢である。しかし、人は時として虚勢を張らねばならぬ時がある。見せかけだけの強がりをしなければならぬ時がある。田中の場合、それは今だった。絶望と真正面から向き合うことは本当に辛いことだ。それはトイレの無い電車の中で腹痛に悩まされた時のように辛いことだ。それならば、絶望から距離を保ち、怒ることで、まじめに絶望を受け止めようとしなければ良い。絶望なんぞをいくらこの身に集めたところで、何の足しにもならない。
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