田中の日常〈4〉

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田中の日常〈4〉

外の世界では小雨が降っていた。 雨のせいだろうか、外はやけに寒かった。薄着で外に出てきた田中は鼻水を何度も啜った。 彼はコンビニでタバコと簡易ライターを買うと、タバコに火をつけ、辺りを見回した。 無数の雨がライトに照らされている。それはまるで自分の存在を世界に知らしめようとしてるかのようだった。 一匹の蛾がライトの周りを何度も行ったり来たりしている。しかし、蛾にはその光を掴む手がない。蛾の必死の闘争も虚しく、彼はいつまでも光を手にすることができない。恋焦がれた恋人を手にすることができないように。 田中はその光景を見ながら、深く息を吐いた。 雨はまだ降り続けている。 蛾はまだ羽ばたき続けている。 田中は必死にもがき苦しむ蛾を見ながら、タバコを吸った。 いつも吸っている銘柄なのに、そのときはヤケに苦く感じたことを、田中は今でもよく覚えている。
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