部屋の開け方

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部屋の開け方

田中は自問した。 会社を辞めて、部屋に籠ってからどのくらい時が経っただろう?そして、その間におれは何をしていただろうか? 田中はこの数ヶ月間に及ぶ引きこもり生活を思い出そうとしていた。しかし、何も思い出すことができなかった。楽しいと思う瞬間は何度もあったが、それは刹那的な歓びでしかなく、心が打ち震えるほどの歓びはここにはなかった。 引きこもりを始めた時、田中は心の底から安堵した。 誰にも傷つけられることのない日々。 自分にも他人にも期待しない生活。 平穏で調和の取れた日常。 そうした一切を田中は望んでいた。そして、その望みが叶ったのだ。最初の一週間は本当に快適だった。ここには彼の好きなものが全てあった。漫画に、ラノベ、ネットに、ゲーム、そして、彼の妻もいた。完璧だった。全てが揃っていた。しかし、何かが足りなかった。 今の田中は、生きているのか死んでいるのかよくわからない宙ぶらりんの状態だった。苦しむこともなければ、喜ぶこともない。何かを絶望することもなければ、何かに希望を抱くこともない。 何もかもが停止している。 ここは田中の知っている現実の世界とは違う。 田中が憧れている異世界とも違う。 「何だここは?どうしておれはこうなった?」
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