宿命の2人

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宿命の2人

 身籠村(みごもりむら)は何も変わっていません。でも15のときは足を踏み出すごとに降り積もる雪の次第に浅くなるのを感じていたものです。そしてこのにおいも薄らいでいくのを。  それは海から運ばれる村に独特なにおいであって坂道をのぼるにつれ濃厚になってくるのです。この道は自殺の名所として知られる千富喜(ちふき)(みさき)へと導かれます。  岬のしたには落下する獲物を待ち侘びて,無数のサメがひしめきあっているのです。身投げがあれば肉体は嚙み砕かれ,まるで海が血を噴いているように見えるので,いつしかここは血噴岬と呼ばれるようになりました。麓の役場で入手される地図には「千富喜岬」とありますが,それは本来の表記ではないのです。  とうとう岬に着きました。また誰か死んだのでしょうか。海が真っ赤に染まって見えるのです。海の色とにおいとが過ぎ去った日々の記憶を鮮明に蘇らせます。身寄りのない子供は村中をたらい回しにされて地平線の()を隠す時おりに自殺者を見送りながら不幸な時代を過ごしたものです。 「村の何を撮るおつもりですか?」  誰かに話しかけられ,スマホをコートの内ポケット深くに沈めました。 「ここはさして変わったところではない。至って普通の村ですよ。何処にでもあるような」  何処にでもあるような普通の村。でも私にとっては…… 「仮に普通でないにして――何者かが僕たちの秘密をほしいままにするのなら同等に暴いてよいことになるのではありませんか――彼女の秘密を」 「彼女の秘密?」 「そう――あなたの秘密を」  透明感のある肌と静かな眼差しが印象的でした。その印象を瞬間的にのみこんでしまう勢いで,男には異国の血が混じっているなというひとひらの確信にも近い臆想が頭をよぎりました。何代も前の遥か昔の一時期に生じた血と血との突発的な融合が時間の経過や純血種同士の交渉にも耐え抜いて歴史のなかの一瞬に燃え盛る命の面影を脈々と受け継いでいるとは……。齎された種の系統は南の方角,恐らくは熱帯や亜熱帯に根源のある血を有していて,それは男に不自然なようでありながら全く何の不整合も来さない,情熱的で生命を謳歌する,時には享楽的でさえあるだろう力強い種の面影が何処かしら懐かしく,穏やかで思慮深くあるだろう側面と実にしっくり調和して感じられるのでした。 「あなたは誰? 私の何を知っているの?」 「何でも知っています。僕はあなたの許婚なのですから」 「許婚ですって――」 「ええ。あなたは幼い時分に御両親と生き別れてしまった。だから何も聞かされてはいないのです。同じ年の,同じ月の,同じ日に生まれた男女は結ばれねばならないことも。それが村の掟であり,誰も掟に逆らえない」 「同じ年の,同じ月の,同じ日に生まれた男女? まさかそれが私とあなたって言うんじゃないでしょうね?」 「まさしくあなたと僕です。2人とも3月31日生まれ。つまり僕たちは結ばれねばならない。そうなるべき宿命を背負ってこの世に生を受けたわけです」 「馬鹿ばかしい」 「馬鹿ばかしい? 掟を破れば不幸になります」 「あいにく不幸には慣れてるの」 「では掟を守ってみては。きっと幸せになれますよ」 「ありえない――私があなたとそうなる理由がないのよ」 「では理由をこしらえましょう。例えば僕が弁護士で,裕福だとか……」 「へえ,あなた,弁護士さん? 頭がいいのね」 「司法試験に1度で合格しました」 「お金持ちなの?」 「村の土地は全て僕のものです」 「面白そう――」 「では一緒に行きましょう」  どうせ汚れた人生。なるようになればいいのです。  私は水守(みずもり)おさむの妻となり,やがて身籠りました。この村に住む女人は子宝に恵まれるとか。夫の教えてくれた言い伝えです。
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