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青空が澄んで、飛行機雲がまっすぐ伸びていく。
今日も、空は青い。
駅前の小さな花屋で、黙々と水を花にあげている…
今日も、何の変哲もない一日だ、と思う。
シャワーから次々と出ていく小さな水の粒に、うっすらと虹が映る。それを確認するのが日課になっていた。
小さな赤い花を付けた鉢の向きを変える。
そうして、日に当たっていない場所を当てるようにすることも、もう無意識に行っている。
ここに勤めて、もう三年になる。
「…」
俺は無言で、空を再び見上げた。
水色…
好きな色だ。
でもこの色の花は、あんまり無い。
端っこにある小さな小さな花。
勿忘草、と書いてあるその花を見つけて、俺は水やりをした。
「田淵くーん、私配達して来るから店番宜しくね」
「…はい」
「…相変わらず、愛想ないなあ。まあ、いいけど」
ずけずけモノを言うこの人は、店長だ。
自分のこの性格を分かって、三年も雇ってくれているのだ。感謝しなきゃいけない。
店長は、花の鉢をごっそりと軽トラックに積むと、急いで運転席に座った。
「…あ、あのさ…もし何かあったら、あたしに電話ちょうだい。最悪、30分かかるけど戻ってこれるから」
「分かりました」
「素直だなあ、大丈夫ですよ、とかないの?全く」
ふっとため息を軽くつくと、店長はじゃ、と言って足早に去って行く。それを、俺はじっと見つめていた。
三年も勤めて、大分花の事が分かるようになってきた。花束も作れるようになったし、この仕事は自分に向いてる、そう思う。
今までなんと、肩を張って生きてきたのか…
肩の荷が下りた、というか、今の職業でいれば自分に正直に生きれそうな気がする。この憂鬱気味の性格も、どうにかなるんじゃないか、と思っていた。
ひとしきり花たちに水をあげて、俺はレジの隣にあるカウンターに移動した。
今日の花束を作らなきゃならない。
500円の花束は、店長が作っている。
1000円の花束を作らなければならなかった。
適当に花をチョイスすると、バランスを考えて花の茎を重ねていく。時折、茎に鋏を入れながら茎が交差する瞬間が、とても好きだ。
「…うん」
自分で納得のいく花束ができたので、満足して水を張った桶に入れる。すぐに次の花束を作ろうとカウンターに戻った。
ふと、テラスに目をやると、お客であろう、一人の男が鉢植えを眺めていた。
(あ…客が来てた)
いらっしゃいませ、そう言って自分の声がえらく低くてびっくりした。店長に陰気だ、と言われても文句は言えない。そう思うとなんだかおかしくなった。
「あ…こんちは」
男は軽く挨拶をしてきた。男の声も、比較的低めだった。スラリと背が高い。自分と同じくらいだろうか。あんまり自分と同じくらいの男に会うのも珍しい。メガネをかけて、縞のスーツを着ていた。
男が口を開く。
「仏花は、ありますか」
聞かれて、俺は少し戸惑った。
「あの…少し待っていただければ、お作りしますが」
「あ、いい?作ってもらっても。おにーさんしかし、すげーいい声だね」
突然そんなことを言われるとは思っていなくて、俺は狼狽えてしまった。
「…あ、あの…」
「ごめんごめん、別にからかってるわけじゃないんだ」
少々お待ちください、と声を掛けて、俺は何故か動悸を隠すように花が立ち並ぶクールボックスに行く。
菊や竜胆を選んでいると、男はふっと笑みを見せた。
薄い色素の髪をゆらりと靡かせて、男は更にくすくすと笑う。
「…そんなに可笑しいですか、すみません」
「いや、いやいや、そういう訳じゃなくてー俺、誤解させた?君、かわいーなーって」
「は?」
「あー、俺墓穴掘った…」
男は頭を抱えて、少し下を向いた。
俺はあからさまに敵意を向けるように睨む。
怒るな。
こいつ、からかってやがる…
挑発に乗るな、自分にそう言い聞かせて菊と竜胆の茎を交差した。
「…とにかく、お待ちください」
遮るように俺は言って、くるくると仏花用の白い紙を花束に巻くと、500円です、と言った。
「500円?安いねー、ありがと」
軽く男は言って、1000円札を出してきた。
レジを開けると、500円玉を出す。それを男にお返しです、と言って渡した。
「…さんきゅー」
男はそう言うと、俺の指をギュッと握った。
「!…何す…るんですか」
「ねえ、名前。何て言うの」
「…名前、ですか」
うん、と言うと男は眼鏡越しにじっと見つめてきた。何だコイツ…喧嘩でも売ってんのか?
「…喧嘩売ってるんですか」
「はは、違うよ。いい花束作ってもらって、この安さだから」
「…田淵です」
「田淵君ね、また頼むよ、俺、加賀っていうの」
じゃ、そう言うと、男は無造作に花束をバサッと持つと、ひらりと店の段差を飛び越えた。
明るい日差しに、男の髪が透けるように見える。そのくらい色素が薄い。
「あの…あ!」
呟いて、俺はあの加賀という男にムカムカと腹が立っていることに気付いた。
失礼な奴。
俺は気を取り直して、仏花を先に作ることにした。
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