恋と絵描きとキャッチボール

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俺は高校を卒業し、大好きなイラストの道に進むためにイラストの専門学校に進学した。そして今日が新たな学校生活の初日 だ。入学式はいかにも形式上という形であっけなく終わった。しかしまだ俺は専門学校に入学した実感が湧かなかった。 「ふぅ・・・」 式が終わり、指定された講義室に向かった俺は適当な席に腰かけ一息ついた。 机の上には学校の案内や今後のカリキュラムが記された資料が配布されていた。これと言ってやることのない俺はそんな資料に目 を通した。直近の日程は新入生向けに基礎やオリエンテーションなどが中心で、比較的余裕のある内容だった。 専門学校は二年間の間に全カリキュラムを消費しなければならない為、結構スケジュールがハードだと聞いていたが、最初はこん なもんかと少し拍子抜けした。    一日目の日程が終わり、俺は帰り支度を始めた。しかし、初日だというのに講義室は意外と賑わっていた。なかなか他人に話し かけられない俺とは違い、他の新入生は新天地での仲間作りに勤しんでいた。しかし俺はその輪には入れなかったし、入ろうとも 思わなかった。 この学校はアニメやイラストに特化した専門学校だ。そうすると自ずと入学してくるのはオタクと呼ばれる人種が多くなる。 俺は昔から、オタクは苦手だった。朝から晩までアニメやゲームの話をして騒ぐ。よくわからないディープな話題でマウントを取 りあう。俺の身の回りの人間がそうだったからかもしれないが、俺はオタクにそんなイメージを持っていたため、そういう人種に は嫌気がさしていた。 「とっとと帰るか・・・」 俺は講義室を後にしようと席を立った。その瞬間、カバンから今日の配布資料がこぼれ落ちた。そしてそれは近くの女の子の足元 で着地した。 「あっ!いっけない!踏んじゃうとこだったよ~」 女の子は少し大袈裟に足を退けると、資料を拾い俺に差し出してくれた。 「これ、君の?」 「ああ、うん。ありがとう」 これがこの日、初めて交わした会話だった。 ショートヘアに健康的な小麦色の肌。服装はスタジャンにジーンズとラフでボーイッシュな印象を受ける女の子だった。 「あれ?この絵・・・」 女の子目がふと泳ぎ、資料の端っこに視線が止まった。そこには俺がオリエンテーション中に退屈で書いた野球選手の落書き があった。しかし俺はあまりそれを見られたくなかった。ここはイラストの専門学校だ。絵の上手い奴など山ほどいる。俺は正 直自分の絵に自信がなかった。しかし彼女の第一声は俺の予想とは少し違っていた。 「野球、好きなの?」 「へ?」 思わず間の抜けた返事を返してしまった。なんせ初対面の女の子だ。無理はない。 「ねえねえ!どうなの?やっぱり、野球好き?」 今度は目を輝かせて、詰め寄ってきた。 「あ、まぁ。好きだよ。野球」 俺は中学まではいわゆる野球少年で部活以外でも、暇さえあれば草野球をしていた。また最近こそいけてないが昔はよく父と野 球観戦もしていたため、野球は観るのもプレイするのも俺は好きだった。 「君の書いたこのピッチャー、生きてるみたい!」 「生きてる・・・?」 「うん!なんか楽しそうに書かれたんだなーって!」 面白い表現をする女の子だった。そして声がとても大きく、とても元気で、とても不思議な子。というのが第一印象だった。    元々一人で帰るつもりが、嬉しいハプニングにより、学校生活初日にして女の子と二人きりで帰ることになった。 女の子と二人きりなんてシチュエーションは高校の時もなかったので、帰りの電車がこんなに楽しいと思えるのは新鮮だった。 「そーいや君の名前、聞いてなかったよね?」 「えっ、俺の名前か。話に夢中で名乗ってなかったね」 「鎌田。鎌田駿介(かまた しゅんすけ)」 「へぇー。あたしは遠島美香(とうじま みか)っていうんだ!よろしく!」 「うん、よろしく。そう言えば遠島は友達とかできた?俺はからっきしでさ・・・」 「へへっ、実は私も。中々タイミングつかめなくてね・・・だから鎌田くんが友達第一号だよっ」 「第一号か、なんかうれしいなぁ。でも遠島って明るいし友達すぐできそうじゃん?」 「それがそうでもないんだな。あたしアニメとかマンガとか全然わからないんだけでどさ、この学校ってどうしてもそういうの 好きな人が多いから、どうも話が合わなくってね」 サラッと美香が言った内容に俺は少し驚いた。そしてこんなに社交的な彼女でも俺と同じような理由で馴染めてないと知り、少 し嬉しかった。  そして彼女はこの学校に入学した理由を教えてくれた。彼女の出身高校は俺より遥かに上で、美大への進学を目指していた。 しかし入試で失敗し、絵が描けるならと専門学校に進学したそうだ。  そんな自己紹介も兼ねた雑談をしているうちに電車は俺の降車駅の一駅前に差し掛かっていた。 「あ、俺次で降りるんだ」 「そうなんだ、ちょっぴり残念・・・」 美香が残念がってくれて俺は嬉しかった。 「そう言えばさ、次の駅の近く大きな河川敷あるよね」 「ああ、あそこでしょ?」 丁度電車の車窓から河川敷が見えたので、俺たちはそこに視線を落とした。その河川敷には野球やサッカーのグランドがあり、 今も少年たちがそれぞれのスポーツに勤しむ姿が見えた。俺も、小学生の時に少年野球の練習はこのグランドで、今見える少年 たちと同じように汗を流していた。 「今度さ、あの河川敷でキャッチボールしようよ!あたし上手いんだよ?」 「えっ、いきなりだなぁ」 正直驚きはしたが、最近は地元の友達ですらキャッチボールに誘っても来てくれなくなっていたために、丁度新しい野球友達が 欲しいと思っていた。しかもこんな可愛い女の子からの申し出となれば断る理由はなかった。 「いいよ、やろうよ。キャッチボール」 「やったあぁ!」 美香は子供のような無邪気な笑顔を見せた。俺よりも社交的で、出身校もなかなかのハイレベル。それでも飾らない振る舞いと 親しみやすさに俺は惹かれていった・・・  
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