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「黒沢さん、やる事って?」
「これからのために、俺から馬場ちゃんに捜査の心構えをレクチャーしておく。」
3年間の交番勤務を経て、先日までの1年は警務課で勤務をしていた梓が本格的な事件捜査に携わるのは初めての事である。それが故に刑事の経験がある辰実とコンビを組む事になった。
2人が生活安全課にあるそれぞれのデスクに戻ったところで、辰実は梓にメモ用紙とペンを渡す。
「心構えと言っても、10分もあれば終わる話だ。今から俺が言うモノを描いてくれればそれで良い。」
簡単な絵を描いてもらうよ、と言われたところで梓の頭に浮かぶのはクエスチョンマーク。何分かで簡単な絵を描いてもらうだけで捜査の心構えを示す事ができるというのは余りにも突飛な話でしかない。
「それで、何を描けばいいんですか?」
梓がペンを右手に取ったところで、2人は宮内から呼び出されてしまう。
「発煙筒の事を調べないかん時にすまん、少年事件が入ってな。黒沢、馬場ちゃん連れて行ってきてくれへんか?」
「構いませんが、どんな事件で?」
「高校生のアベックがチャリ盗んだんや。こっち連れてきて男の方は黒沢が、女の方は馬場ちゃんが取り調べして欲しい。」
自転車を盗む事は刑法における窃盗罪(他人の財物を窃取した罪)にあたり、通常は刑事の畑となる。しかし被疑者が少年である場合、少年事件として生活安全課の取扱いになる。
内容を簡単に宮内から聞き、2人は捜査車両に乗り込んだ。
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現場は若松商店街、新東署からは車で数分の距離にある。梓に運転を任せながら、助手席で辰実は署の自販機で買ってきた缶のコーラを飲みながらくつろいでいる。特段目が覚めたりするとか言う訳ではないのだが、これを飲まないと落ち着かないのが辰実であった。
「さっき気になった事があるんです。」
「どうぞ。」
「黒沢さん、どうして松島さんに立島事件の事を伏せるように言ったんですか?」
人の事をよく見てるな、と褒められると梓は少し恥ずかしくなってしまう。何か言おうとしたのをゲップに邪魔されたが、辰実は恥ずかしがる事もなく彼女の質問に答えた。
「あの事件の話は、被疑者に口を割らせる唯一のキーになる。」
「手掛かり、ですか。」
「君も調書を見たと思うが、どの被疑者も立島事件で養父を殺された事と、その事が伏せられている事について言及している。学費は奨学金でカバーできているしアルバイトもして十分に生活をする金はある。その点を考えたら強盗をする理由が他には見当たらない。」
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