10話「ブラインド・ゾーン」

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 * ダイニングあずさ。 昼間なんて時間には居酒屋は空いていない。その代わりに店主である梓の父は日中に弁当の注文を承っている。風呂に入り疲れと汚れを落としてきた梓は、空いていない店の冷蔵庫を開けて父が弁当に使った食材の余りを漁っていた。 (白ご飯が余ってる。それに刺身も。) 嬉しい事に、鯛の刺身が残っている。フリーズドライ型の味噌汁があるので、十分な昼食は取れそうである。冷やご飯をレンジに入れて温め始めると、次は冷蔵庫からほうれん草のおひたしを取り出す。家が居酒屋をやっていると、こういう時にちゃんとした食べ物に巡り合えるのが良い。 冷えた烏龍茶をグラスに注いで、昼食を頂く。 一晩おいた刺身は歯ごたえがある。新鮮な刺身も美味しいのだが、少し物足りなく感じてしまう。白米で魚の脂を綺麗にしたら、ほうれん草のおひたし、味噌汁と交代に口にする。 (…黒沢さん、どうしてあんな所まで説明してくれたんだろうな?) ふと、辰実の事が気にかかる。1時間前にいた喫茶店で梓の質問に答えてくれた彼が、続けて話をしてくれた内容は立島事件が被害者にもその関係者にも、どれだけ大きな影響を与えたか改めて教えてくれるものだった。事件の大きさで影になっていた部分、被疑者を射殺して有耶無耶になってしまった核心にどれだけ迫っていたか? 3年前の黒沢辰実がどれだけ事件に思う所があるか、ここに来てようやくそれが爆破計画を紐解くキーになったと梓は理解する。 味噌汁を飲み終え、お冷で口の中をリセットすると梓の眠気はすぐ近くまで来ていた。  * 数時間後、成間市内。 「ただいま。」 この日市内の小学校は5時間で終わり。今年で小学2年生になる松浦燈(まつうらあかり)も例に漏れず、下校時間になれば寄り道もせずに15分程度を自宅であるマンションの2階まで歩いて帰る。 この部屋の住人は、親子と言うにはあまりにもそう言えない関係であった。 「お帰りなさい。早かったわね。」 「うん。」 燈は、親代わりと言うより保護者と言った方が正しい島村明菜(しまむらあきな)と声を交わす。2人の生活が始まったのは3年程前になるが、自室へと入っていく燈と背中を眺めているだけの島村は空席を作って座るような関係とも言えるのだろう。 水回りに置いていた食器立てに被せた金属製の鍋に顔が映る。前よりも白髪が増えてやつれたように見える様子は、燈との距離感を受け入れていた。
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