10話「ブラインド・ゾーン」

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窮屈なLDK、そして4畳半間が2つの年季に汚れたアパートの一室。埃と油の臭いが手に染みてきそうな木製のダイニングテーブルの一席に島村は腰掛け、白湯に軽く息を吹きかけてから口にする。滾るには遠いが、体温よりも熱いと感じられる波が肩まで感じられるくらいには疲れを感じてしまう。 37.5℃。今朝から感じていた体調不良で、仕事を休んだ。先々週も明けに風邪っぽさを感じて休んだ記憶がある。年齢が50を過ぎた頃にして、もう一度子供の世話をする事になるとは思っていなかった。血の繋がっていた子供が大きくなるまでを育てるより、血の繋がっていない女の子に神経を使う方の何と難しい事か。 脳梗塞で帰らぬ人となった夫が救急搬送されたのは、駅前のオフィスで景色の良い場所だったと聞いている。年齢と数学的関係にある体力状況で、働き詰めだった伴侶の背中を追っているような感覚になる。 築20年と言われて分かるくらいにくすんだ引き戸が開く。 「ねえおばさん、来週はお休みある?」 話をすれば返してはくれるのだが、燈に呼ばれる事は珍しい。慣れてなかった保護者は突然の出来事に、反応が遅れてしまう。 「土曜日も日曜日も休みよ?」 「じゃあ、次の土曜日に行きたい所があるの。」 燈が見せてくれたチラシ。8日後に若松シーサイドビルとその周辺でイベントが開催される事が書かれている。 「猫が見たい。」  * 「確かに被害者の中に俺の知り合いがいる。…馬場ちゃん、どうして分かった?」 「言葉にするのは難しいんですけど、黒沢さんだけ別の場所にいる筈なのに妙に臨場感があると言うか…。」 「事件も所詮他人事と言ってしまえば間違いは無い。しかし俺は警察官だ、何よりも被害者に寄り添って正解を模索していくのが当然だろう?」 「分かっています。」 もう1枚重なった感覚、と言うのが正しかった。思うよりも温度と後味が尾を引いたホットコーヒーをごまかすように、半分まで飲んでいたグラス入りのお冷を飲み干す。 「上司だ、前の職場の。奥さんもだな。」 相手の考えている事や、どれくらい思い入れがあるかは声のトーンと様子を見れば分かるくらいに梓も大人になっている。前職があった事については初めてだが、辰実の声を聞けばどれだけ彼の中で大きな人物か言われなくても理解できた。
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