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男はお金が無かった。
何せ食うのもそっちのけでギャンブルをするのだから。食べ物に興味がないわけじゃない。うまいものを食いたいとは思っている。けれど、お金があればもっとうまいものが食える。そう思うとギャンブルはやめられない。
毎度負けてるわけじゃない。けれど、それを元手に増やそうとして負ける。こんなだから常に手元にお金がなかった。
男は常日頃、信じてもない神様にお金が欲しいと祈った。
何故ギャンブルをするのか、そう考えるに、お金が欲しいからであって、ギャンブルはその手段。
ある日、神様が現れた。
「毎日まいにち、うるさいぞ。どのくらい欲しいのだ。言ってみろ」
「そ、そりゃあ、たんまりと」
「それじゃあ分からん。運を90として、どれくらいだ?」
「え?100だよ、100!」
「いや、分からんかな。生きてるだけで10使うのよ、分かる?」
ずいぶんフランクに話す神様だ。この男に合わせてのことだろうけど。
「え?んじゃあ、90、全部で」
「いいの?それじゃあ、お金の運だけになっちゃうじゃん」
「いいの、いいの」
男には考えがあった。ある程度何でも、いや、言ってしまえば、ひとの心でさえお金で買えると。
「じゃあ、ちょっと待ってて」
そう言うと、神様は消えた。
今一、信用にかけるが、その日は寝ることにした。
次の日、男の財布にはお金がたんまりと入ってた。けれど、これでは足りない。もっと増やそうとギャンブルをするために表に出た。
きっと大勝する。じゃ、なかったらお金の運を全部にした意味がない。
そう思っていたら、目の前に札束が落ちていた。
これもお金の運のひとつかと思ったけれど、これでおしまいと言われかねないと考え、警察に届けることにした。
まだ信じきれない神様を試すため、一応ギャンブルをすることにした。
すると、大勝も大勝。周りからおかしな風に見られるほどに。帰り道を気をつけなければいけないくらいにツキまくった。
男はギャンブルから足を洗うことにした。こんなことしてたら命がいくつあっても足りない。でも神様は本物だったと確信した。一晩寝て、これからの身の振り方を考えようと思う。
次の日の朝、テーブルの上に置いた財布がお金にまみれて小高く山になっていた。
こんな大金見たことがない。男はこれが続くとなれば、ギャンブルはもちろん、株や相場、先物に為替なんてやるリスクを背負うのも面倒だと思った。同時に、これをなにに使おうかと考える。
まずはうまいもん食って、高級車に乗って、いいとこに住もうかなんて考えてたら、テーブルの上のお金がいくらあるか分からないけど、これでは足りない気がしてきた。中途半端な高級は望んでも仕方ない。これだけ毎日お金が増えるのであれば、もっと上、最上級を目指そうと思うのだった。
男はとりあえずインスタント食品で腹を満たし、明日を待った。
すると、どうだろう。お金の山はさらに高く、数えるのも面倒なほどに。
「いや、まだ足りない」
男は一週間待ってみた。お金はテーブルに載らなくなり、さらにさらに、テーブルがそこにあったことも分からないほどに、お金の山が積みあがっていた。
「よぉし、これだけあれば……」
ふと考えた。どうやって持ち運べばいいのかと。
まずは銀行員に来てもらう。でも、その銀行員が悪いヤツだったら……。
それじゃあ、証人を……。そう、これは弁護士か?
男は無い知恵を絞って、銀行と弁護士に電話をかけた。が、まったく取り引きをしたこともないのに信用してもらえるはずもない。
それでも丁寧に、熱心に、出来る限りの礼儀正しさをもってお願いをして、ようやく来てもらえることに。
来てもらったひと全員がその金額に驚いた。どこかの国の国家予算、いやもっとあるかもしれないのだから。
そうして、ようやくお金を数えてもらう作業に入ったところだった。
「う、うう……」
男は胸にとんでもない苦しみを覚えた。その場に崩れ落ちる。
ただ事でない状況に、銀行員が救急車を呼ぶ。そして運ばれた病院で告げられたのは未知の病。どんな学術書にも載ってない病気。
男は薄れゆく意識の中で神様に祈った。すると、あの神様が出てきてくれた。
「なに、どうしたの?」
「く、く、くる……」
男は言葉にならない。だから念じるしかない。
「もう、しょうがないなあ。特別だよ」
そうして神様に思いを聞いてもらえることに。
「この苦しみを取り去ってくれ」
「え~~、わがままだなあ。運をお金に使うって言ったじゃん」
「い、いや、お金はもういい」
それはそうだ。もうお金は腐るほどある。
「じゃあさ、病気を治す方に運を使うってこと?」
男はニヤリとした。この神様はマヌケそうだ。このまま祈れば、お金を持ったまま病気を治してくれる。
「は、はい。この苦しみを取ってください」
「専門外なんだけどな~~」
「そこをなんとかお願いします」
「じゃあ、運を健康に使うってこと?で、何パーセント?」
男はこんな状況でも思う。お金はたんまりあると。
「ぜ、全部。全部健康に」
「それじゃ……」
「早く、はやくお願いします」
神様の言葉をさえぎって男は懇願した。
「いいのかなあ……?」
神様は思わせぶりにつぶやきながら消えていった。
交代するように病室に入ってきたのは、怪しげなマッドサイエンティスト。
「私と契約しなさい。あなたの病気を治してしんぜよう」
男は神様が差配してくれたものだと思った。
よく見えない契約書。でも、治るならとOKした。
マッドサイエンティストは、すぐさま手術をしてくれた。
男は臓器のいくつかを取り替えられ、健康体を手に入れる。
だが、そこからが問題だった。マッドサイエンティストの示した契約書に書かれていた金額が、丁度男の持っている額だったのだ。
そんなのはおかしい。神様がイタズラで自分を無一文にしようとしたとしか思えない。けれど、ここは人間界。神様だって好き勝手はできない。男には勝機があった。
裁判だ。あの朦朧とした中での契約なら無効だと。
長い間争そった。お金を使う事なく裁判に全力を注いだ。
結審の日、男は現れなかった。
死んでしまったのだ。けれど、どちらにしても判決は男の負けだった。
「神様、なんで……?」
「これでもサービスしたほうだよ」
「な、なにっ!?」
「怒らないでよ。説明しようとしたのに、早くって言うから」
「どういうことだ!」
「運は生きてるだけで10使うって言ったじゃん」
「そ、それは……」
男は言葉を詰まらせた。
「健康に全部っていうからそうしてあげたんだよ。それにね、10無いのに、ここまで生きられたのはボクのサービス。感謝してほしいな」
「うぅ、じゃあ、これからどうなる?」
「うん、地獄行きかな。お葬式も満足にあげてもらえない人望なんだから」
「お葬式?」
「そう、あったら違ったかも。でもお金全部取られちゃったし」
男は思いだした。いつか警察に届けた札束を。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。落とし物として届けた札束がある。あれをお葬式代に……」
「え、あ~~、あれ?とっくの昔に、キミの弁護人が裁判費用に使ってるに決まってんじゃん。キミ、お金の運無いんだから」
突き放すように言い捨てた神様の背中には黒いシッポが揺れていた。
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