七転八倒

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 そして、四人が相当数の署名を集め、校長室に持参した時。  校長は少し困った顔をして「対処するから待っていたまえ」と答えた。  元々認知度の低かったうさぎ小屋と、その取り壊しが周知された。  少なくない生徒が、小屋取り壊し反対に賛同してくれた。  ついには頑なだった校長から「対処する」との言葉が出た。  四人の誰もが勝利を確信していた。  安堵を抑え切れず、その日は完全下校時刻ギリギリの時間までうさぎ小屋の前で過ごした。  白うさぎのホワイト。茶うさぎの三月。  四人が愛する二羽を、完全に守れたと思った。  その考えが覆されたのは、週明けの全校集会。 「ええ、知っている人も多いと思いますが、校舎裏にあるうさぎ小屋を、この度撤去することになりました」  朝礼に立った校長の唐突な報告に、アリスは目を丸くした。 「それに当たって、数人の生徒から『うさぎはどうするのか』という『質問』を受けました。不安を与えるのは本意ではないので説明しましょう。結論から言うと、うさぎは今までどおりこの中学で飼い続けます」  校長は清々しい顔で、全校生徒に取り壊しの話を披露する。 「昇降口で飼うことに決まったため、これからは皆さんとの交流も増えるでしょう。なのでうさぎについては何も心配ありません」    ザワリ。  署名に協力してくれたクラスメイト達が、校長の発言にざわつく。  アリスはギリと奥歯を噛んだ。  署名を求めるとき、アリス達はうさぎ達の今後についても説明した。昇降口でケージに入れて飼うのは、うさぎの環境に良くないのだと。    軽くサインをしてくれた生徒のうち何人が、そこまで細かい話を気に留めてくれただろうか。  学校の最高権力者が『大丈夫』と説明してしまえば、考えはコロリと変わるかもしれない。アリス達が訴えた途端、存在も知らなかったうさぎ小屋の味方をしてくれた人達ならば。    悪い予感は的中した。  そんな話だったのかと、周囲が不穏にどよめく。 「そういう訳で生徒諸君は、安心して勉学に励んでください。それでも反対がある場合は、直接校長室まで来るように」  校長が勝ち誇ったような顔で(わら)って、朝礼は締め括られた。  それからの周囲の掌返しは早かった。 「なんだよ、うさぎにはちゃんと行き場があるんじゃん。なら学校に逆らう意味なんてない」 「校長先生がああ言ってたんだよ? これ以上何の不満があるの?」 「ごめんなさい。正直に言うと、会ったこともないうさぎより、内申の方が大事なの。受験生だから……」 「悪い。目ぇ付けられたくないからさ……」  アリスの元にも、チェシャの元にも。  帽子屋の元にも、クイーンの元にも。  次々に、署名撤回を申し出る生徒がやって来た。  本意でない署名など意味をなさない。  アリス達は素直に受け入れ、署名簿に線を引いていった。  うさぎ小屋にほど近い空き教室。  黙々と紙を(めく)り、作業するアリス達の影が、夕陽を受けて長く伸びた。 「……悔しいです」  絞り出したアリスの呟きに、無言の同意が重ねられた。  それほど今回の作戦失敗は心に堪えた。  取り壊しの日はこの間にも、刻々と迫っていたから。
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