最終作戦

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最終作戦

 梅雨入りを感じさせない、カラリと晴れた放課後だった。  うさぎ小屋の前に立っていたアリスに、話しかける声が一つ。 「アリス。もう来てたのか」 「帽子屋先輩!」  アリスはポニーテールを揺らして振り返った。  元気に笑顔を向けるも、返って来る声は暗い。 「当たり前じゃないですか! 今日は『決戦』の日なんですから!」 「……そうだな」  きっちり閉じた紺のブレザー。  涼しげなコールドグレーのシャツ。  灰色のキャスケットのつばを上げ、帽子屋は高い背から小屋の中を見下ろした。  アリスは追うように目を遣って、呟く。 「やっぱりホワイトと三月(さんがつ)がいないと、寂しいですね」 「ああ。『うさぎ』あってこその『うさぎ小屋』だからな」  二人はしばらくの間、口数少なく空の小屋を見つめていた。  ややあって、帽子屋はぐっと唇を噛んだ。 「この半月。手を尽くしたけれど、俺達はこの小屋の取り壊しを、撤回させることができなかった」 「はい……」  アリスは俯き、拳をぎゅっと握る。  帽子屋は目元を隠すように、キャスケットを深く被り直した。  この半月、うさぎ小屋を守らんとする四人は必死で抵抗した。  時には泣き落としにかかり、時には脅しにかかり、説得を何度も試みた。  生徒の署名を集めもした。  それらが白紙になった後も、何度も校長室に抗議に行った。  しかし、全ては無駄に終わった。  アリスは言葉を詰まらせる。  帽子屋が深く溜め息を吐く。  あらゆる手を尽くしても、小屋取り壊しを撤回することは叶わなかった。  そしてついに今日、業者が入ることになってしまったのだ。  小屋の存続を諦めて、終焉(しゅうえん)を見届ける。  その為に今日再びこの場に結集した──という訳では、もちろんない。 「帽子屋先輩、ホワイトと三月を預かってくれて、ありがとうございます」 「構わない。昨晩から俺の家でのんびりやってるさ」  うさぎの様子を聞いて、アリスはほっと安堵した。  そして両手を胸の前で握ると、その場で跳ねた。 「じゃあ! 今日は『何をやっても』良いってことですよね!!」  うきうきとした口調で問う。  対する帽子屋は思い切り眉根を寄せた。 「『何をやっても』良いとは言ってない! 可能な限り穏便に、だ」 「えー」  アリスが不満げに唇を突き出すも、帽子屋の姿勢は変わらない。  『方法』について仲間内で見解の相違はあるものの、全員の意志は変わらなかった。  業者が入る今日この日こそ、最大のピンチでもあり、うさぎ小屋を守る起死回生のラストチャンスでもある。  今日が『決戦』の日だ、と。
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