最終作戦

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「な、何ですか!?」 「茂みから人が?」  動揺する面々をよそに、男子はするりと茂みを抜け、すっくと立つと、身体をパンパンと叩く。  寝癖のように少し乱れた、葉の付いた黒いくせっ毛。  猫背ながら、長身の帽子屋をも超える細長い体躯。  白いシャツに濃緑のネクタイ、チェックの入ったグレーのスラックスは、近所の高校の制服だ。 「ふああ。抜け穴も長いこと通らないと窮屈になるなあ。あ」  現れた男子は一つあくびをすると、そのままフラフラと帽子屋に近付く。  そして彼を見下ろすと、その頭にポンと手を乗せた。 「よお良秋(よしあき)。呼んでくれてありがとなあ。お前背え伸びたなあ、俺には負けるけど」 「うるせえよ。お前が高すぎるんだ」  帽子屋は、男子に慣れた口調で返す。 「帽子屋先輩、あの、その人は……?」  急な展開に呆気に取られながらも、アリスは親しげな二人におずおずと尋ねる。  その言葉でやっと気付いたように、茂み男子はゆっくりとほか三人に向き直った。 「ども、助っ人に来ましたあ。良秋の前にここでホワイトと三月の世話してた、ヤマネですう」  男子が告げた名に、面々は揃って反応を示した。 「ヤマネ?」 「ってことは、『眠りネズミ』かしら?」 「え、何のこと──ああ、そうかあ。良秋、お前『帽子屋』って呼ばれてるんだっけえ」  のんびりした口調に反して、頭の回転は遅くないらしい。  得心の表情を浮かべた男子に、帽子屋が返す。 「そうだ。こっちの三人が前に話した、アリス、クイーン、チェシャ。三人とも聞いてくれ。コイツが今しがた話した助っ人、俺の先輩の『山根』という『苗字』の男だ」  改めて帽子屋が紹介した、山根なる男子に視線が集中する。  あくびを繰り返し、眠たげに目を擦るその男子は、まるで不思議の国のアリスに登場するヤマネ(眠りネズミ)のようだった。 「ヤマネサン」 「よろしくお願いします、ヤマネ先輩!」  新顔の呼び名は、即座に定着した。  ヤマネはニコニコと笑んで、全員を見回した。 「俺、この中学校の事情通なんだよねえ。職員室カップルの状況や、抜け穴から成績データのパスワードまで、何でもござれ」 「ということで、コイツには今までの経緯を全部話してある。協力してもらおうと思うんだが、良いか?」  少しいたずらっぽく笑うヤマネの言葉に、聴衆の目が輝いていく。  アリス達は否やを唱えるはずもなく、コクコクと首を縦に振った。 「そういうことで、よろしくねえ。俺としても、うさぎ小屋は先輩達から受け継いだ大切なものだから、なくしたくないんだよねえ」  しみじみとヤマネは語る。  その中で聴き手の興味を引いたのは、一つの事実だった。 「先輩、がいたんですか? それも複数なんて」
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