防衛開始

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防衛開始

 作戦会議終了から、およそ三十分後。  中庭とうさぎ小屋を繋ぐ脇道。  積み上げられた学校机のバリケードを前に、アリスはふんすふんすと鼻息を荒くした。 「良い壁ができましたね!」 「少しは時間稼ぎになると良いんだがな」  最上段に机を並べ終えた帽子屋が応える。  彼はキャスケットのつばを上げ、額の汗を拭うと上を仰いだ。  視線の先では、三階の窓から身を乗り出してチェシャがヒラヒラと手を振っている。 「やっほー、帽子屋サン、アリス」 「チェシャー! そっちはどうですかー?」 「お前、その体勢は危ないからやめろって……!」  アリスは元気に手を振り返す。  帽子屋は一人、後輩の危ない所業に、行き場のない手を彷徨わせている。 「んー、各学年の教室には、ひととおりビラを配りにいったよ。ヤマネサンと女王サマも順調だね」  チェシャは小屋前の二人を見下ろして、ぐっと親指を突き出した。  ヤマネとクイーンは手筈どおり放送室に侵入し、無事占拠できたらしい。    合図を受け取ったアリスは、はしゃいで万歳をする。  しかしそれを見届けたチェシャは、一転表情を険しくした。 「ここまでが良いニュースね。悪いニュースは、業者サンの車がさっき校内に入ってきたこと」 「お前、それを先に言えって」  真剣な表情で告げられた内容に、アリスも帽子屋もぎゅっと口を結ぶ。  うさぎ小屋を解体する業者は、夢でも幻でもなく、現実にすぐ近くまで来ている。  今、当たり前のようにアリス達の眼前にある小屋は、数時間後にはなくなっているのかもしれない。  さすれば、目には見えない放課後の賑わいも仲間も、二度と手に戻らないのかもしれない。  状況を再認識したアリスは、思わず武者震いする。  小刻みに揺れるその肩に、ポンと掌が置かれた。 「帽子屋先輩……」 「大丈夫だ、アリス。俺達で守るんだろう?」 「!」  横に立つ帽子屋が、アリスの顔を見つめて穏やかな声をかける。  失えば大きいものは、守れれば大きな何かでもあるのだ。  アリスは神妙に頷くと、いつもどおりの笑顔を浮かべた。 「……へへっ、そうですね。やったげましょう!」 「おう、その意気だ」  コツンと手の甲を合わせて、二人、積まれた机の足の間から先の中庭を見据える。  大人の男性達の、野太い話し声が、豪気な足音が、徐々にその音声(おんじょう)を増していくのが耳に入った。
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