防衛開始

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「近付かないでください。これ以上近付いたら、業者さんには申し訳ないけれど、えー、濡らします」  帽子屋がアリスの持つ水鉄砲を指差し、威嚇射撃の意を示す。  アリスの白エプロンのポケットと、帽子屋の腰ベルトには、大量の水風船がタプタプと装備されている。 「そうですよ! この水鉄砲で、ピュピューッと濡らしちゃいます!」  作業員の進撃がストップした機に、アリスは足元にあるバケツから次なる水弾を装填する。  二人の足元には、様々な小道具の入った白い袋が置かれていた。 「むむむっ! なんと小癪(こしゃく)な!」  校長はこめかみに青筋を立てて、後方から叫ぶ。  対し、作業員達は冷静だった。  幼稚な武装を施した中学生を見て、彼らは温かい声でハハハと笑った。   「なんだなんだ、懐かしいものを出すんだなぁ」 「お嬢ちゃん達、私らも仕事なんで、やらなきゃならないんですわ。できればその水鉄砲達を収めてもらえないかな?」  キャンキャン騒ぐ校長とは裏腹に、作業員達は穏やかな声で(さと)してきた。  特に否がある訳ではない彼らに銃口を向けている状況に、横で帽子屋がぐっと押し黙る。  アリスは、接近する作業員達の向こう側、中庭の方へと目を向けた。  十分な広さのある中庭には、チラホラと人影があり、対峙する業者とアリス達を遠巻きに眺めている。  うさぎ小屋を壊さんとする学校側。  うさぎ小屋を守るために抵抗する生徒側。  役者は揃った、といえよう。 「アリス、耳栓してろよ」 「了解です!」  帽子屋が小声で指示すると、アリスは水鉄砲を持ったまま、指で両耳を(ふさ)いだ。  それを確認した帽子屋は、ブレザーの懐から黒い拳銃を取り出す。 「ピストル……!?」  子供の玩具とは違う物騒な武器を目の当たりにし、歩を進めようとした業者達が止まる。 「俺達は本気です」  帽子屋の鋭い眼光に、向かい合う大人達は揃ってたじろぐ。  そして彼は、銃口を対立者に──ではなく、天に向けると。  パァン。  と、空砲を撃った。  校長と業者は、ポカンと口を開けて停止している。  帽子屋は、耳を押さえながら銃口に息を吹きかける。  アリスは一人、はしゃいでキャッキャと笑った。 「すごいですね! これで銃口から花でも出たら完璧です!」 「スターターピストルに期待しすぎるなよ。可哀想だろ」  呆れたように帽子屋が口を開く。    彼の手にあるものが、陸上競技用の号砲だと気付いた校長達が、身の緊張をほどく頃。 『──ガガッ──ピー──』  中庭に設置されたスピーカーから、その声は聞こえ始めた。 『──えー、あたし達は、うさぎ小屋の取り壊しに抗議します!』  女子生徒のよく通る声が、中庭に、学校中に響き渡る。  強い意志を秘めたその声は、クイーンのものだった。
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