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ボキッ。
彼は指を組み、ボキボキと鳴らした。
横で塩を振った青菜のように萎れていたアリスも、それを皮切りに前を向き、ポニーテールの結び目を締めた。
「うさぎなんか、ですか? そう思っていたから、こんな扱いをしてきたんですね!?」
アリスの叫びが、ビリビリと中庭にこだまする。
帽子屋は校長と業者を交互に見て、思い切り睨めつけた。
「分かった。それが、学校の総意と見て良いんですね」
帽子屋の声が更にワントーン下がり、迫力を増す。
気圧された校長は一瞬たじろいだが、すぐさま反駁した。
「何だね、お前達。まだ何か文句が──」
「同じ科白、動物愛護協会の前で言ったらどうなるでしょうね?」
通常穏やかな帽子屋から発せられるのは、静かな炎を連想させる、重い言葉。
それに重なるように、アリスが両の拳でエプロンの裾を握り締めた。
「見損ないました! 相手が先生や業者さんだからって、校則とか一瞬気にしてみたけど、馬鹿みたいです!」
「んー、そのとおりだよね」
アリスが言い放つと、上から賛同の声が降ってくる。
帽子屋にアリス、校長も、示し合わせたかのように上を仰ぐ。
窓から身を乗り出した男子生徒の、全開にしたブレザーと崩れた茶髪が風に靡く様が、アリス達の目に映った。
「チェシャ!」
「よ、帽子屋サン、アリス。随分劣勢だね?」
下を優雅に見下ろすチェシャは、いつもどおりのニヤニヤ笑いを向ける。
「オレさ、学校中走って気付いたんだよね。地味に反抗しているだけじゃ、誰もこっちを向いてくれないってさ」
チェシャは更に口角を上げると、手に持ったものを天に掲げた。
ピュウウウウウウ────パン!
彼の持っていたロケット花火が、鏑矢のように鋭く鳴って、空に弾けた。
もちろん市販の花火なので、手に持ってはいけないタイプだ。
「どうせやるなら派手に面白く。どうせ派手なら成功させたい、でしょ?」
彼は右手に持てる限りの花火を握って、次々と点火する。
青ざめる校長とは対照的に、アリスは心の底から歓声を上げた。
「ですよね! あははっ、やっぱり、さっきのじゃ生温かっただけですよね!」
チェシャとアリスが高笑いをする。
バリケードを退け終え、まさに今横道に侵入しようとしていた業者一行が、異様な笑声にびくりと肩を震わせた。
「……」
帽子屋は口を開かない。
賛成や反対を口にすることなく、無言のまま校長の前を去り、バリケードのあった横道へと歩を進める。
そして。
先程アリスと陣取っていた場所へ辿り着くと、地面に転がっていた袋をむんずと掴み上げ、中から得物を取り出した。
「許さねえ……」
彼は、グレーのキャスケット帽のつばを少し上げ、恨みがましく呟くと。
両手に複数本の花火を持ち、一切の躊躇いなく着火した。
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