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帽子屋の両手に握られた花火から、シューと勢い良く鮮やかな火が吹き出す。
彼は長い腕でそれを振り回すと、業者の方へと駆け出した。
「うおらああああ! うさぎ『なんか』って言ったのは、どこのどいつだコラアアアア!!」
「ひいいい!」
巻き込まれたくない業者一行は、蜘蛛の子を散らすように逃げ始める。
「ホワイトと三月を馬鹿にするなら、もう遠慮なんざするかああああ!」
容赦も躊躇もなくなった帽子屋の猛追に、業者は半べそをかきながら中庭まで撤退する。
その様を呆気に取られて見ていたのは、校長だけではない。
「ぼ、帽子屋先輩……?」
チェシャとアリスもまた、見たことのない同志の姿に口をポカンと開けていた。
「うーん、普段真面目な人ほど、ブチ切れた時は恐ろしいって本当だね。まるでイカレ帽子屋だ」
チェシャが半ば感心したような口調で呟きつつ、二階の窓から飛び降りる。
上履き靴で華麗に着地した彼は、愉快げに先輩を見遣った。
かつて帽子を作る過程において水銀が使われたため、水銀中毒で帽子職人の頭がイカレることがあったという。そのことから『mad as a hatter(帽子屋のように気が狂っている)』ということわざが生まれた。
それでも人に花火を向けるような帽子職人は、いつの時代にもいなかったことだろう。
普段最強のストッパーになっている帽子屋だが、一旦壊れるとアリス達以上に大胆になるらしい。
新たな発見に吃驚しているアリスの背を、チェシャがポンと叩いた。
「見惚れてる場合じゃないよ、アリス。助太刀に行かなきゃ」
「! そうですね!」
アリスは興奮に頬を紅潮させ、横道へと進む。
そしてチェシャと共に、物資を求めてうさぎ小屋の裏手へ回った。
「こういうの使うの、最終手段だと思っていましたけど」
「うん、きっと今がその時だね」
二人頷き合うと、それぞれサンタクロースのように大きな袋を担ぎ、意気揚々と繰り出す。
外では、帽子屋の暴走から逃げ回りながらも、横道からうさぎ小屋の前に侵入してくる業者が複数人いた。
健気で哀れな業者は、アリスの手にあるものを見て更に顔を歪ませた。
「えへへ、さよならです!」
アリスはとびきりの笑顔で、火を着けた爆竹を放り投げた。
バチバチバチバチ!!
パン! パン! パン!
花火とは比べ物にならぬほど派手な音が、小屋前に、中庭に響く。
いつもと違う放課後に、興味本位の野次馬達が、ちらほらと窓から下を覗き始める。
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