一転反撃

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「ふ、ふががっ!?」  苦しげに校長が(うめ)く。  しかし帽子屋はその手を一向に緩めない。 「ははっ、臭いだろ? 剣道部や野球部の中でも、マネージャーすら避ける精鋭の古着だからな!」 「う、うごー! うごー!」 「ほらほら、我慢できるんじゃなかったのか……?」  容赦なく道着を押し付ける帽子屋。  鼻を押さえながら、チェシャが呆れたように笑った。 「あーあ、帽子屋サン、目がイッてる」 「運動部に借りたのって、ピストルだけじゃなかったんですね!」  調理部で酢の臭いに慣れているアリスも、別種の酸っぱい臭いには耐えられず、徐々に校長達との距離を空ける。  ザワザワ。  中庭から、校舎の上から、ざわめきが一層増す。  アリス達が見上げると、好奇の目で見下ろしていた生徒達とバッチリ目があった。  手を振り返すと歓声が上がる。  観衆が味方についていることを感じたアリスは、ふと不思議そうに首を傾げた。 「あれ? もしかしてこれ、結構いい感じですか?」 「そうっぽいね」  チェシャはすっかりいつもと同じニヤニヤ笑いを浮かべて、観衆を見回した。 「オレが屋上からグラウンドに向かって、ビラをばら撒いたのもあるけどさ。やっぱり女王サマはすごいよ」 「部長が?」  アリスはきょとんとして問う。  遠くで上がったどよめきが耳に入ってくる。  その音は徐々に中庭へ、うさぎ小屋の前へ、近付いてきた。 『──ます……』 ──シャーン…… 『──小屋を──に──します……』 ──シャンシャーン……  そしてその音源は、唐突に小屋前に姿を現した。 『──うさぎ小屋の取り壊しに、反対します!!』  シャーン! シャーン!!  拡声器を手に持ち、凛と声を放つクイーン。  その後ろで、なぜかシンバルを鳴らしているヤマネ。 『うさぎ小屋取り壊し、反対!』  二人は颯爽と横道を抜けると、見下ろすギャラリーに向けてやかましく主張した。    聴衆は一層盛り上がる。  中には、いいぞーと応援する声もある。  ちんどん屋のような珍妙な出で立ちの二人を見て、呆気に取られるアリスをよそに、クイーンは演説を続けた。 『うさぎの飼育先もおざなりにさっさと決めたことにして、急いで小屋を取り壊そうとする学校に、あたし達は抗議します!』  おおっ、と場が沸き立つ。  盛り上げ役のクイーンを見て、ヤマネは袖で汗を拭った。   「いやあ、クイーンの姐さん、中々やるねえ。放送だけじゃ響いてなさそうだからって、直々に宣伝して回るなんて」 「メガホンとシンバルを調達したのは、ヤマネサン?」 「そ。良明は運動部に顔が利くけど、俺は全校中に伝手があるのさあ」  あくび混じりにそう言ってのける卒業生は、その辺りの在校生よりも何倍も頼もしかった。
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