七転八倒

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七転八倒

「クイーン、アリス。何だそれは」  五月下旬、某日放課後。  うさぎ小屋の前で、帽子屋は渋い顔をしていた。 「帽子屋? 文句あるなら首を()ねるわよ」 「チェシャがくれたんです。何かあったら武器にしろって!」  クイーンの掩護射撃を受けて。  ロケット花火を手に、無邪気な顔でアリスは微笑んだ。  なぜこのように物騒で、愉快な展開になったのか。  事ここに至るまでの経緯を、アリスはふわふわと回想した。 +++  事件の始まりは、月の初旬に遡る。  中学校は突然、うさぎ小屋を撤去する予定だと、世話をしている帽子屋に告げた。  そして今いる二羽のうさぎを、狭いケージに入れ昇降口で飼えば良いと提言したのだ。  その言葉に反発したのが、うさぎの世話をしていた四人の生徒──アリス達だった。  急激な環境の変化も、人通りの多い昇降口という新天地も、うさぎにとってはストレスでしかない。  うさぎの処遇に気を遣わない一方的な決定に、普段からうさぎを可愛がる面々がすんなりと従えるはずがなかった。 「まずは話を進めたという、校長先生に話を聞きに行こうと思う」  四人で始めた作戦会議。  帽子屋は、トレードマークであるグレーのキャスケットのつばに手をかけ、小屋の中に目を向けた。  小屋の中では二羽のうさぎがめいめいに過ごしていた。  毛繕いに余念がない、白うさぎのホワイト。  小屋中を忙しくピョコピョコと跳び回る、茶うさぎの三月(さんがつ)。    見ていると思わずもふもふ触りに行きたくなる衝動をぐっとこらえて、アリスは拳を握った。  こんなに可愛いうさぎを、思い遣らないなんてあり得ないし許せない。 「分かりました! 校長室に殴り込みですね!」  水色のシャツを捲り、力拳を作ってみせると、帽子屋は慌てたようにそれを制した。 「そうじゃない、落ち着けアリス。というかノリノリになるんじゃない!」 「へへ、バレました?」  呆れる帽子屋にチロリと舌を出す。  直談判なのだ。そんな状況、興奮しないはずがない。  お祭り好きなこの性格を帽子屋に止められるのは、これが初めてのことでも、二度や三度のことでもなかった。  アリスに限らず個性豊かな面々を、時に(まと)め、時にストッパーになる彼は、すっかり苦労性が身に付いていた。  帽子屋のそんな性格は、中学に損な役回りを押し付けられる一因にもなったのだろう。 「とにかく、明日辺りに一度行ってみよう。あくまでも冷静に。冷静にだぞ!」 「はぁい」  念押しする帽子屋は、まるで引率の先生のようだと思いながら。  アリスは、絶対に負けるものかと闘志を秘め、藍色のプリーツスカートをぎゅっと握ったのだった。
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