一転反撃

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「お前達の主張はこうだな? 『うさぎの行く場所も確保していないのに、小屋を取り壊すな』。そうだろう?」 「そうだ」  帽子屋が正面切って断言する。  校長は観衆に見せるように、大げさな身振り手振りを伴って反論した。 「それは間違っている。昇降口という場所で、ケージに入れて飼えば良いと、あれほど提案したじゃないか?」 「ふざけるな。あんな狭いケージで、騒がしい昇降口で飼えだと? うさぎの身体に負担がかかることを考えていない!」  負けじと帽子屋は噛み付く。  ストレスの大きくかかる環境に、大切なうさぎを置く訳にはいかない。  誰よりもうさぎの世話をしてきた帽子屋の言葉に、ギャラリーから再び歓声が上がる。  しかし。  彼の言葉を聞き遂げた校長は、そこでニヤリと笑ったのだった。 「騒がしいのがうさぎの負担になるというなら、今! この状況は! うさぎの負担になっていないと言えるのかね!?」  校長は、指をビシリと帽子屋に突き立てる。  その言葉に周囲がざわめく。 「な、何? ちょっと風向きが……」  クイーンが不安げな呟きをボソリと零す。  帽子屋は尚も主張を曲げなかった。 「当然こんな騒ぎを起こせば、うさぎ達にはストレスがかかる。だからホワイトと三月は、一時的に俺の家で預かっている」  彼の言葉に、一同は大きく頷いた。  うさぎを最優先し、うさぎの生態について日々勉強を欠かさない帽子屋の指針には、全員が全幅の信頼を寄せている。  彼がうさぎのためにならない行動を取ることはないと、誰もが信じ切っている。  それが裏目に出た。  校長は帽子屋の言葉を聞くなり、高笑いをしてみせた。 「ふっふっふ……聞いたか、生徒諸君! うさぎには昇降口という行き場を用意した! それのみならず、より良い環境を生徒自身の手で用意した! これでもお前達は、『うさぎに行き場所がない』と言い張るつもりかね!?」 「それは……っ」  帽子屋が言葉に詰まる。  小屋前にいる誰も、上手い反論をすることができない。  観衆の様子はすっかり様変わりしていた。  ひそひそとした話し声が、アリス達の耳にも届く。  なんだ、やっぱりただ騒いでいただけだったのか。  うさぎに最適な行き場があるんだったら、小屋を守りたいというのは、ただのあいつらの駄々じゃないか。    盛り上がりはすっかり消え失せ、観衆から少しずつ同情心が薄れていくのが、アリス達にも肌で感じられた。  まるで、全校集会でやり込められた時のように。 「『工事に合わせたように』うさぎの移動までしてくれて、ご苦労だったな。今日はもう遅いから業者さんに帰ってもらうが……ふっふっふ、明日にはこれで全て終わりだ!」  深く、痛く。  高らかな勝利宣言が、五人の耳に突き刺さった。  校長は業者一行を引き連れて、意気揚々と元来た横道を戻っていく。  取り壊しの状況を逆手に取った作戦の、更に裏をかいた言いくるめ。  誰にも、状況を打破できるだけの反論をすることができなかった。  これが大人の知恵というものなのか。  完敗だ。  誰もがそう思って、口を閉ざしたのだった。
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