横峰恒太

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 携帯電話から、親にメッセージを送信した。  今日は外に泊まると言った。  返事は一向に返ってこない。  いつものことだ。  念のため家の留守電にも同じ伝言を残したが、特に反応はないだろう。  通話を切ると、すぐに部屋へと戻った。  先輩である帽子屋の部屋に、今日の作戦のメンバーが屯している。  開けた窓から差し込む月光だけが、中にいる者を照らしている。  今夜は皆、家に帰る気がないようだった。 「チェシャ?」 「大丈夫だよ」  全然大丈夫ではないのに、オレ、横峰(よこみね) 恒太(こうた)は強がりの返事をした。  同級生のアリスが、不安げな顔でオレを見てくる。 「たまにはいいっしょ。家にいたってすることが決まってるし」  自由を謳歌する様を装って、嘘を吐く。  オレの行動を制限するものは、本当はそう多くあるものではない。  両親は、仕事やそれ以外のことに熱心で、子供であるオレに関心を持っていない。  机に現金を置いておけば勝手に子供が育つと思って、毎晩それぞれ好きに出かけている。オレが外泊をしようが何をしようが、気にかけることはないだろう。  オレは端からは、好んで自由を選んでいる人物に見えるのだという。  本当はそんなものはどこにもない。  ただ、この手に何も持っていないだけだ。  皆制服のまま、カーペットに無造作に寝転がっている。  ヤマネだけがオレと同じように、どこかに電話をかけるため廊下に出ている。  無気力で、もう何をする気も起こらない。  オレも彼らに倣って床に倒れてみた。 「どうなっちゃうのかしらね」  ポツリ。  クイーンが呟いて、白うさぎのホワイトを強く抱き締める。  大人しいホワイトは、眠っているかのようにじっとしている。 「決まったようなもの、ですよね」  アリスは呼応して、茶うさぎの三月を胸に乗せる。  慣れた彼女の上でも、三月はバタバタと忙しない。  帽子屋宅で留守番していた、正反対の二羽を眺めていても、今日はかえって憂鬱になる。  誰もが溜め息を吐いた。  考えていることは、言わずとも皆同じと分かる。  うさぎ小屋はなくなる。  ホワイトも三月も、狭いケージの中に入れられるか、学校を追放される。 「昇降口で飼うとか、ふざけてる。それくらいなら家に連れて帰る」 「私も、です。でも……こんなのやっぱり、納得したくない、です。悔しくって……」  帽子屋の言葉に、アリスが涙混じりの声で応える。  そう、悔しい。  悔しくて仕方がない。  所詮大人には──『アタマイイヒト』には勝てないのだろうか。  オレは、茶色く染めた自分の髪をくしゃりと掴む。  焦茶の自毛とあまり変わらない、少しだけ明るい色。  オレ自身を見てくれない両親は、オレが髪を染めたことにも気付かないし、ましてやワックスを使っていることにも興味がない。  髪色のこと。  授業をサボっていること。  親への、大人へのせめてもの反抗で、学校では不真面目を貫いてきた。  けれど、学校が家に電話をしたって『うちの子はそんな子ではありません』と決めつけ、切る始末だ。  成績だけは親が見るため、良い位置をキープして。  それでも褒めてもらった記憶はない。  両者の矛盾を、学校も不思議がるだけで済ませる。  助けてほしい。  こんな日常から抜け出したい。  そう思い色々なことをしてみたけれど、何一つ変わらないまま。  本当は、そんなことを悩むオレ自身が変わらなければいけないと、知っているからこそ余計に辛くて。  何が自由だ。  自由人だ。  自分を(よし)とすることもできないオレが、ホワイトと三月の自由を守ることができるはずもない。  なんて幼稚で、なんて無力なのだろう。 「ごめんね」  弱々しく呟いて、オレは瞼を閉じた。
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