五月女心

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「ごめんね」  チェシャの呟きに目頭がじんと熱くなる。  気付けば、あたしは反論を口にしていた。 「そんなの、チェシャのせいじゃないわ! 誰のせいでもないじゃない……」  思っている気持ちは本物なのに、自然と語尾が尻すぼみになる。  腕の中のホワイトが、『気にしないでください』とでもいうように、サッサッと毛繕いをする。  撫でる手は、安心感より罪悪感が勝って、少しだけ震えていた。  あたし、五月女(さおとめ) (こころ)は身を起こし、ホワイトを抱えたまま体育座りをして顔を伏せた。  ああ、何だか泣きそうな気持ちだ。 「部長?」  アリスの心配そうな声に、顔を上げたら、目から涙が零れ出そう。    昔からあたしは、いつでもしっかり者だった。  周りが泣きそうになったら、蹴飛ばして悪態をついて、思い切り笑い飛ばして、何とか前を向かせるのがあたしの役割だった。  そんなことばかりしていたから、気付けば周囲から、大事なことをたくさん任されるようになってしまった。  校外学習の班長に、調理部の部長。  本当は自信なんてないと、訴えるだけの余裕も勇気もないうちに。  夕方、放送をしたり、拡声器を持って巡回したりしたときも、内心では怖かった。  ずっとサポートをしてくれたヤマネだけは気付いていたに違いない。  威勢良く演説をして回った、あたしの脚が震えていたことを。  それでも平気なフリをして、強がって胸を張って、やってきた結果がこれだ。  首を刎ねるだの吊るすだの、ブラックな冗談で虚勢を張る元気なんて、今のあたしには残っていない。  あたしが、笑わなきゃいけないのに。  あたしが、平気だって言わなきゃいけないのに。 「部長。クイーン部長?」 「……アリス、その呼び方は新しいぞ」  閉じた瞼の向こう側で、アリスと帽子屋の声がする。  聞き慣れた声の、慣れない呼び方に、あたしは思わず顔を上げた。 「あ……」  開けた窓から、月の光が差し込んでくる。    暗い帽子屋の部屋。  風の音と、衣擦れの音と、ホワイトと三月の動く音だけが響く。  アリスも帽子屋も横たわっていて、先程のたった二言まで幻になってしまったかのよう。    その光景がとても寂しくて、弱気になる。  まるであたしらしくない心境に。  これが本当の自分なのだと、気付いてはいたけれど。    それでもあたしは強くありたい。  だから明日にはあたしは、またきっと『クイーン』に、『部長』に戻るけれど。 「おやすみなさい」  けれど今は、今だけで良いから、休ませてほしかった。  あたしはホワイトを抱いたまま、再び床に横になった。
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