夢ノ後先

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 ゆっくりと瞼を開く。  眩しさに一度ぎゅっと目を瞑り、今度はしっかりと覚醒する。  雑魚寝をしたせいか痛む腰を、アリスは押さえていた。 「あ、れ……?」  朝日の差し込む、見慣れた教室。  しかし、身を起こしたアリスが見付けたのは、空のケージだけだった。  青年はもちろん、帽子屋達も見当たらない。 「嘘……ですよね?」  尋ねてみても、呆れながらも返事をしてくれる帽子屋はいない。  次に変なことを言ったら首を刎ねるわよと、微笑むクイーンもいない。  ニヤリと悪い顔をして、話題をすり替えるチェシャもいない。  皆、みんな、ここにいない。  全てがアリスの夢だったかのように、辺りはしんと静まり返っている。 『夢から覚めたアリスは、こんな気持ちだったんでしょうか』 「……そんな……」  過去に自身が言った言葉を思い出し、アリスは床に崩れ落ちた。  ザラリ。  床についた手が何かに触れ、アリスはゆっくりと自分の格好を見る。  水色のシャツ。  藍色のスカート。  白いエプロンのアリススタイル。  そのエプロンには、砂と土が大量に付着していた。 「!」  それを見るや否や、アリスは飛び起きて扉の外へ出た。  時計うさぎを追うアリスのように、無我夢中で廊下を駆ける。  晴れ空の光が差し込む窓辺で、汗が噴き出すのを感じながら。  アリスは走り、中庭に出て、夢で見たはずの場所に着いた。  そこには。 「遅かったなアリス。良く寝られたか?」 「もう、寝坊するなんて。冬だったら川に投げてたわよ」 「まあまあ女王サマ。よ、アリス。元気?」 「ふああ、俺ももうちょい寝とけば良かったかなあ」  揃って笑顔でアリスを待つ、皆がいた。 「みん、な……?」  問いかければ、全員が頷く。 ──昨夜、夢の中で建てたはずの、新しい小屋の前で。  それが今、目の前にあるということは。 「……夢かと、思ってました」  呟いたアリスの頭を、帽子屋がわしゃわしゃと撫でる。 「俺もこれを見るまではそう思っていたんだ。しかし、さすがにこの手は考え付かなかった。文字どおり実力行使だな」  帽子屋は、チェシャのようにニヤリと笑った。  中庭の空きスペースに、夢の中で、もとい突貫工事で建設した新しい小屋を、アリスは上から下までまじまじと見つめた。 「学校も馬鹿ね。小屋を壊して何かを作るなら、それこそここに作った方が良かったに決まってるわ。わざわざ目立たない場所に作ろうなんて、ご愁傷様」  嬉しそうに中に入るクイーンに続き、アリスも足を踏み入れた。  その匂いに、その空気に触れるごとに、アリスはこれが夢でないことを知っていく。
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