エピローグ

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 チェシャは、はは、と笑い、小屋の屋根の上で身を起こす。  ニヤニヤとした企み笑いではなく、珍しくさっぱりとした笑顔だった。 「オレ、明日からまた真面目に授業受けよっかな。髪も元に戻してさ」 「ええっ!?」  アリスが衝撃の声を漏らすと、チェシャは拗ねたように頬を膨らませた。 「アリス。言っとくけどオレ、小学生の頃は、ものすごーく真面目だったんだからね?」 「信じられません!」  即否定をしたアリスに、クイーンが同調する。 「そうよ。それに黒髪のチェシャなんて想像できないわ」 「女王サマ、きっと驚くよ。待ってて」  チェシャは、ニィッと悪い顔をした。  彼がこんな顔をするということは、どうやら黒髪に戻すだけでは済まなそうだ。地毛が金髪だったり、虹色だったりするのかもしれない。 「それにしてもチェシャ、どういう風の吹き回しだ?」 「さあね。ちょっと変わってみるのもいいかもって思っただけ。本当の自由を手に入れるためにね」  帽子屋が不思議そうに問うも、チェシャはニヤニヤ笑いのまま。 「ねえ、オレがもしメチャクチャ落ち込んでる日があったら、慰めてね?」 「え? もちろんですよ」 「当たり前じゃない」 「ありがと。オレ、これできっと、頑張っていける」  激励を受けたチェシャが、心底嬉しそうに微笑んだ。  反骨精神に溢れた彼が、正々堂々と自分の道を進もうと思ったのはなぜだろうか。  今回のことで色々と吹っ切れたから。そして、自分に味方がいると思えたから。そんな明るい理由なら良いなとアリスは心の中で呟いた。 「あー、ここ、本当に良いわあ」 「クイーンまでどうしたんだ、いきなり」 「ううん。あたし、ここにいると『クイーン』でいたいって思えるの。しっかり者でいようってね」  クイーンは小柄な体躯を伸ばしながら、可憐な笑みを見せる。  『クイーン』であり『部長』である彼女は、アリスから見ればいつでもしっかり者だ。  彼女の言葉で、それはしがらみでもあったのかもしれないと、気付いたアリスは想像を巡らせる。    ここがあるから頑張れる。  そう言われた気がして、頬が緩んだ。 「あと半年で小屋を離れるのか。惜しいな」  そう言いながらも、帽子屋の顔は明るい。 「大切なものにしがみ付いたり、守ったりすることは、必ずしも良いことじゃないんだって思ったけどな。逆に絶対悪でもないんだろって気付いたんだ。必要以上にうじうじ悩まなくて良かったんだな」  アリスは、帽子屋の言うことにコクリと頷いた。  自分の大切なものに執着することは、正義ではない。しかし絶対悪でもない。  我儘も欲張りも、善と悪の二面性を必ず持っているのだ。今のアリスにはそれが分かる。  重い憑き物が落ちたかのように、それぞれの顔はすっきりしていた。  もちろん、それぞれの今の結論が、人生の結論ではない。  アリス達はまだ中学生で、道半ばで。  まだまだ迷うし、まだまだ悩む。  そうやって一歩一歩、大人への階段を上っていくのだ。
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