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作戦その二、情報収集。
ボウルに入ったクリームをガショガショと混ぜながら、アリスはクイーンに話しかけた。
「部長、今日は顧問の先生、時間取れるといいですね」
「そうね、早く来ないかしら」
振り返ったクイーンは、アリスを見上げて口の端を吊り上げた。
耳の上で括った、ツインのお団子ヘア。
フリルたっぷりのピンクのブラウス。
アリスと同じ藍色のプリーツスカート。
そして今日の彼女は、真っ赤なハートのエプロンを身に付けている。
小柄で可憐なクイーンは、見ているだけなら女王というよりお姫様のようだ。アリスは心の中でそう呟いた。
「部長、土台焼けましたよ」
「はあい、今行くわ」
他の部員に呼ばれたクイーンは忙しく走り去っていく。
今日は調理部の活動日。
うさぎの世話を帽子屋達に任せてきたクイーンとアリスは、こうして本業に参加していた。
といっても、本日の目的はカップケーキ作りだけではない。
顧問を捕まえて、うさぎ小屋取り壊し計画の情報を可能な限り引き出すのだ。
だったのだが。
「……先生、来ませんでしたね」
できあがったカップケーキをラッピングして、片付けを終えて、部員達が各々帰宅していっても、顧問は顔を見せなかった。
アリスと二人、家庭科室に残っていたクイーンがまなじりを吊り上げる。
「今日こそは『行けたら行くわー』って言ってたのに! よっぽど吊るされたいのかしらね?」
うふふと笑みを零しながら、クイーンが物騒な言葉を口にする。
愛らしい見た目とは裏腹の、毒舌。
『首を刎ねる』だの『吊るす』だの、物騒な発言を好む彼女の性格こそ、『クイーン』たるあだ名の由来だった。
「仕方ないわ、アリス。作戦変更よ」
「職員室に突撃ですか?」
「それも楽しそうだけど、もっと別のこと」
クイーンはアリスの言葉を受け止めながらも、別の提案をした。
そのままふんふんと鼻歌混じりに荷物を纏め、家庭科室の鍵を手にしたクイーンを追うように、アリスも慌てて帰り支度をする。
施錠し、意気揚々とクイーンが向かったのは理科室だった。
「失礼します」
ノックもそこそこに戸を開ける。
中には白衣を着た男性が一人立っていた。
「あれ、調理部の帰りかい? お疲れ様。そっちの子は後輩?」
「先生こそ、遅くまで実験の準備お疲れ様です。後輩連れて来ちゃいました」
優しく声をかけた男性に、クイーンが微笑み返す。
アリスと直接面識はないが、彼は確か三年担当の理科教師だったはずだ。
クイーンは気さくに会話を続けた後、教師に近寄り、後ろ手に持っていたものを差し出した。
「えっ? これ、貰っていいのかい?」
可愛くデコレーションとラッピングを施されたカップケーキを手渡され、教師が動揺する。
「ええ。お疲れの先生に、もし良ければと思って」
クイーンは、花のような笑顔で駄目押しをする。
横から見たその目は、獲物を捉えたチーターのような輝きを帯びていた。
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