七転八倒

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「はは、参ったな。今返せるものがないんだよね」  教師はデレデレした顔で、白衣のポケットをまさぐる。 「いえいえ、お礼目当てなんかじゃないですから……」  それを見たクイーンは両手を振って、か弱い声で遠慮する。  そして口元に手を当てて、伏し目がちに言い淀んだ。 「あっ、でも……実は今ちょっと、先生達に、聞きにくいことがあって……」 「どうしたんだい? 僕で良ければ聞くよ?」  オロオロする教師。  しめた、とばかりに潤んだ上目遣いを畳みかけるクイーン。 「あの、校舎裏にある、うさぎ小屋を壊しちゃうって聞いたんです。あたし、びっくりしちゃって。先生は、何かご事情とか聞いてませんか?」 「ああ、急な話で僕も驚いたんだよね。だからあんまり教えられることもないんだけど……」  教師は真面目な顔で、必死に記憶を探り始めた。  ちょろい。  振り向いたクイーンの笑顔には、確かにそう書かれているように見えた。 「僕が知っている範囲で申し訳ないけれど、あの小屋を撤去して、何かを後に据えるみたいだよ。あとはそうだな……他の議題と比べて、やけに校長が急いでいるように感じたかな」 「校長先生が、ですか?」  (うな)りながら答えた教師に、クイーンが確認する。 「うん、詳しい事情は知らされてないけどね。大方、偉い人から苦情や要望があったんじゃないかって、他の先生と噂してたんだ」  気持ち小声で教えてくれた内容に、眉がピクリと反応する。  うさぎを排除するような圧力が、どこかからかかっているかもしれない。  そうだとすれば大人の事情があるのだろうが、いずれにせよ、うさぎ好きのアリスには飲み込みがたい噂だった。 「あくまでも噂だからね。でも、校長先生が先陣切って進めているのは本当だよ」  教師はそこで言葉を切って、浅く溜め息を吐く。 「うさぎをどうするかについても聞いたけど……あれじゃ、納得しない生徒がいるのも分かるね」  僕も一応理科教師の端くれだからね。  そう言って優しい目を向ける彼に、クイーンは目を丸くする。 「といっても、一教師の提言なんて流されちゃったけど。僕にも数の力があればなあ。ごめんね」  全てを見透かしたような笑みを浮かべて、教師は謝罪した。  小細工で情報を取ろうとしただけだったのだが、思わぬ情報にクイーンと顔を見合わせる。  どうやら今回の取り壊しはほぼ校長の専行で、教師陣も一枚岩ではないらしい。 「先生。ありがとうございました」  クイーンに倣い、アリスも頭を下げる。  万感を込めた感謝の言葉に、教師は照れ臭そうに笑った。 「カップケーキのお礼にもならなくてごめんね。……君達も、あんまり無茶はしないようにね」
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