鼾ーイビキー

　つ、妻が俺の首を絞めている？
　なんで？　どうして？　そこまで恨まれるほどの理由が思い当たらない。
　結婚して十二年、二人の子どもにも恵まれ、円満な家庭を築いていると思ってたのに……。
「けど、首なんか絞められたら目が覚めるでしょ？　それで寝てられるなんてあり得なくないですか？」
　当然、住職の話をすぐに受け入れることはできなかった。
「そうですね。普通は首なんか絞められたら起きてしまうと思います。もしかしたら、飲み物や食べ物に睡眠薬を入れられているということはないですか？　昨日、寝る前に何か召し上がりませんでしたか？」
「え……寝る前ですか？　えっと……あっ！　そう言えば……」
　数年前から妻に勧められて、滋養強壮と肉体疲労の回復に効果があるという薬用酒を飲んでいるが、まさかあの中に睡眠薬を？　確かに、かなり薬っぽいキツイ味がするので何か混ぜられても気がつかないとは思うけど。
　だから、今朝も起きられなかったのか？
　そうと決まったわけではないのに、吐き気がしてきた。
「録音された声だけでは証拠にはなりませんし、警察に通報したところでまともに取り合ってもらえない可能性が高いですが、この声からは強烈な恨みと申しますか、物凄く強い念を感じるので、私はご主人の身が心配です。今晩から寝る前の薬用酒はお止めになって、一度お部屋を撮影してみたらいかがですか？　動画があれば証拠になるかもしれませんし」
　頭がぼんやりとして、何も入ってこない。強く殴られた後はこんな感じになるのかと漠然とそう思った。
「……撮影、ですか」
　もし、寝室を撮影して、本当に妻が俺の首を絞めているところが映ってしまったらと思うと、怖くてとてもできそうにはなかった。
　今から帰って妻とどんな顔をして会えばいいのか。考えただけで、背筋が寒くなる。
　もう、妻と一緒の部屋で眠れる気がしない。
　昨日まで、いや、今朝まで最愛の伴侶だと思っていた妻が自分に殺意を抱いているなんて……。
　一体いつからだろう。
　本気で俺を？
　考えれば考えるほど、身の毛がよだつ。
　まさか、イビキがうるさくて恨んでるわけじゃないよな？