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それは、玉主家の秘密
「……我が親愛なる長子よ、頼みがある」
アントニーより息子の澪久(れく)へ、真剣な眼差しを注ぐ。
高校二年生の自分に対して、深刻な面持ちの父親が改まって何を頼もうというのだろう? と、趣味のプラモ作りの手を止めた澪久も、襟を正して向き直った。
三階のその自室には、タミヤセメントの尖った匂いが充満している。
「頼みって、何?」
「あのな、澪久……あの、その……」
歯切れの悪いアントニー。澪久は、父の頼みがよっぽどの事なのかもしれない、といよいよもって身構える。
「その、な……俺、と……」
「……俺と?」
ここで多少の嫌な予感が澪久の脳裏を過った、直後。
「――俺と、ファムってくれ」
玉主(たまぬし)家には、家族だけの特異な秘密があった。
「…………え、なんで?」
アントニーは立ち上がると、おもむろにストレッチを始めた。目元に影を帯びた真顔で肩を、腕を、腰を、腿の裏などを入念かつ十全に黙々と伸ばしていく。一頻りそれらを終えたところで、急に姿勢正しく床に寝転んだ、途端――
「もう働きたくないんじゃ! 仕事行きたくないんじゃ! 滅私奉公しんどいんじゃ! プリーズギブミーアタラキシアァ! だから変わってくれよ! 夏休みまででいいから! 変わって変わって変わって変わって変わって、ねぇ、変わって変わって……」
全力でジタバタし出した。
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