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頭の上でアイフォーンのアラームが響く。
澪久がそれを止めようと、寝ぼけ眼に腕を伸ばし――、伸ばした腕が隣に眠る自分自身にぶつかって、中空で停止する。
「…………」と、澪久は我が身に起こった事態を早急且つ冷静に整理し始めた。その間も、働き者のスヌーズがやかましいので本日の業務終了と待機を命じてから、一先ず、隣に寝ているその自分自身を揺り起こすことにした。
「ちょ、起きて、――父さん」
「――ん? マリア……ごめん、あ、後……三百秒、待って……」
「父さん、いいから起きてよ」
「分かってるって……愛してるよ、マリア」
母親を呼び捨て+『愛してる』発言に、しかもそれが自身の肉声だった為、澪久の全身が泡立ち、言い知れぬ嫌悪感に身悶えてしまう。
それをどうにかこうにか鎮めると、ベッドから起き上がって姿見の前に立った。
鏡面には、童顔に強力な癖毛と立派な口髭を蓄えた、古代ローマ人が石像を突き破って出現したような(現に、アントニーは欧米人とのハーフである)壮年男性の姿が映っていた。
そっと、目元に手を宛がって俯いた。
「おお、マルクスよ……やってくれた、な……」
手の隙間から、部屋の入口へと流し目を向ける。
ドアノブに内蔵する鍵はいとも容易く開錠され、扉が薄く開けられっぱなしだった。はぁ……と息子は、父親のガチな暴挙に呆然失笑を禁じ得なかった。フッ、フフッ、フフフフッ、フフフフフ……
ベッドでは、依然として気持ち良さそうに寝息を立てる自分の――アントニーより少しふんわりした癖毛を乗せる温厚そうな顔が鼻提灯の呼吸を繰り返す――姿が、「うーん、むにゃむにゃ」とか純朴そうに呻いている始末……
澪久はカーテンと窓を開け放ち、外からの新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「ああまったく、なんと清々しい朝だろうか! 日差しが、こんなにも気持ちいいではないか!(※現実逃避)」
ゆっくりと数回の深呼吸をたんまり時間をかけて、すぅはぁすぅはぁ……吐き終えると反転し、ベッドサイドで仁王立ち、
「いい加減に起きろ」
自分の身体だが容赦なく足蹴にし、目の前の現実を受け入れた。
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