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鞠音は路地裏を小走りに駆ける。
息が上がる。
周囲には何者の気配もない。いや、もしかすると知覚できないどこかに犬はいるかもしれないが。
「…」
このまま、一人で何処かに行ってしまいたかった。
あんな得たいの知れない者に追いかけられないように。
兄に危険を近付けないように。
ソウスレバダレモキズツケナクテスムカナ?
(ダメ、心が弱くなってる…)
走りながら、かぶりを振る。
(現実逃避したってダメ。得たいの知れないのは興味が反れるまで追いかけてくるし、兄さんだって、私が失踪したらきっと探す。一生掛けてだって。)
息が上がって苦しい。
足も痛い。
水を飲んで、休みたい。
路地裏なら建物が遮蔽物になって見付かりにくいと思った。一方で、人の少ない場所に逃げていかねばならない。
(…郊外の畑の方に小さいけど井戸があった。遮蔽物はなくなるけど、すぐ先には山道もある…。)
目的地点が決まれば、不思議と気力が沸く。
鞠音は自分を叱咤して歩を新たに進めようとした時だった。
突然、誰かが背後に降り立った。
後ろから肩と腕を掴まれる。
「!!!」
咄嗟に次の瞬間あの7本の腕がー今は2本は掴んでいるので正確には5本かー自分の身体を白く輝く長剣で突き刺す光景をイメージした。無茶苦茶に暴れようとする体が羽交い締めにされる。
「大丈夫です、鞠音さん。私です。」
ソッと耳元で囁かれた。
聞き覚えのある低く美しい声音に、ハッとする。
「もう大丈夫ですよ、落ち着いて。」
鞠音が逃げようとするのを止めると、羽交い締めに近かった拘束がするすると緩んで、抱き締めるそれに変わる。
「怖い思いをしたようですね。」
「…っ」
(歳破さん!)
思わず振り替えると、すぐ間近にその人物の顔があり、サングラス越しに目があった。
鞠音は安心したのか感情が溢れて泣き出しそうになる。歳破は鞠音の泣き出しそうな顔と言う扇情的な現象に身体が高揚するが、紳士の仮面で取り繕った。
「…無事でよかった。」
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