禍<わざわい>

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どうぞ、と鞠音に遠征用に持参した水筒を渡す。 ペンもメモ帳もなくしてしまったらしい鞠音はぱくぱくと口を動かした。発語や発音を知らない口は音の通りの動きをしないが、辛うじて、「ありがとうございます」のますを形成した。 水筒を受けとり、喉を鳴らして鞠音は水筒の中身を飲み下す。 「…町で混乱が起きていて、鴉花四が襲撃されたと知りました。お店の方は館から来たであろう方々に介抱されていましたが、貴女は逃亡したと。少し離れた場所で戦闘の痕跡もありました。それでも貴女がいなかったので、そこから貴女を探していたのです。」 僅かに視線を鞠音から外し、蜃気楼のような犬を見る。 (貴方が付いていながら…) 責めるようにじとりと見ると、ふふん、と犬神は鼻で笑った。 (後から出てきてなんだいその目は。因みに鞠音は遠距離のアンタの事なんて一回も考えてなかったよ…。まぁ、鞠音は何でも自分で何とかしようとする質だけどね。) 歳破と犬神に意思疏通の手段はない。しかし、なんとなくいい感情を抱かれているか、否かくらいは歳破にも見える時があった。 (今、なんか小バカにされた気がする…。) 腹立たしく犬神を見ている歳破の裾を、ちょいちょいと鞠音が引く。 歳破が犬神を見ている間に、鞠音は水筒の中身を軽くし終えていた。  歳破の手のひらを貸すように身ぶり手振りで訴える。 歳破が手を差し出すと、鞠音は隣に近付き、筆談が視認しやすいよう身体の向きを歳破に合わせた。 『 よく 解らない ものに 追いかけられてます 途中で見た 戦闘 の あとは 私を 助けてくれた 館の人 です 歳破さん が 戦闘 の あとを 見たなら また 追ってきてるかも 知れません 私は 兄を 巻き込みたくない できれば このまま 逃げてしまいたい』 「ふむ。ただの住人であるの鞠音さんをわざわざ追い掛けてきている…。何か追い掛けてくる理由に心当たりは?」 歳破の質問に、鞠音は落ち着きなく、油断なく、そわそわと周囲を見渡した。 「大丈夫、周囲にそれらしい気配がないか私が監視していますから。」 歳破がにっこりと微笑むと、鞠音は手のひらに再び字を綴る。
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