禍<わざわい>

5/17
前へ
/51ページ
次へ
「どうしてそんな事をしているの?」 走る鞠音の背後から、玲瓏とした声がする。 鞠音にも聞こえるその声は、遠くに聞こえた。 「その人間が大切な訳じゃないのに。」 倒れたときに擦りむいた傷が熱く痛む。 それでも足を進めたのは、進めることができた理由は、ただひとつだ。 「本当は何が大切なの?」 ラトの言葉に、鞠音の意識は水を打ったように冷たく研ぎ澄まされる。 一心不乱に走っていた鞠音が、ラトを振り返った。 「…領主の館は反対方向だ。戦う術もないのに、どうしてそっちに逃げているの?」 走っているから、ではない。ドクン、ドクンと胸騒ぎがして、鞠音は足を止めた。 「危険だから、遠ざけたいのかな?」 鞠音はその声を、言葉を聞かないことはできなかった。 「領主の館に大切なものがあるんだね。」 (腐れ神が!その口を閉じろ!!!) 飛び掛からんばかりに怒鳴り付けた犬神が、ピクリと反応する。 「…」 足を止めた鞠音が、ラトに振り向いた。
/51ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加