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「…」
鞠音は酷く冷たい目でラトを見ていた。
(……何を、言ってるのか解らないけど、けど、さっき確かに言ったわ。館に大切なものがあるのかって。)
どんなに怖くても、痛くても、逃げ出せた理由はひとつ。
館には群蓮がいる。
(…止めなきゃ、それだけはさせない。)
例えば自分がひどい目に遭ったて。
(絶対、"こいつを"行かせないように…)
離れかけていた犬神と鞠音が同調していく。
「…そうか。だから君は、そんな事をしているのか。」
ラトは犬神を見て言う。
「心配ない、君の大切なものを私は侵さない。嘘つきな人間と違って、私は偽りを口にしない。」
空を滑るように近付いてくるラトは流れるように言葉を紡ぐ。
「君が解放できればそれでいいんだ。」
周囲の喧騒を遠くに聞きながら、鞠音は、犬神は注意深くラトを見る。
「君の入れ物が殺せれば、それでいい。」
夢見るように言いながら、鞠音の眼前に再び立ったラトは刀身を振り下ろした。
ーーーーーズシャアッッ
「…」
ラトの振るった刀身が、全て土の壁に突き刺さっていた。
次いで、ラトの背後で撃鉄の上がる音と共に散弾銃が吠えた。
「…防御を緩めルナ。」
「任せロ。」
冷静なトーンの声に、鋭く力強い声が答えた。
回転を掛けて軽やかに飛ぶ人影に、黒い長髪が軌跡を描いて舞った。両手に握られた長剣が同一方向に振り下ろされる。
ラトは刀身を土壁から引き抜こうとするが、新たに出現した壁がラトの動きを阻んだ。
ラトの腕に長剣が斬り付け、鮮血が地面に飛び散る。しかし、攻撃は止まない。
「…わっ…」
ラトが身をかわそうと動く先に壁が出現し、不意に壁に当たったらラトはよろめいた。
その身体を、長剣の二本の剣筋が走る。
足を、腹を、腕を、長剣は切り裂く。
凄まじい連撃を隔てた土壁の後ろで、鞠音は地面にへたり込んでいた。
「怪我はなイカ?」
力強い声に、鞠音は声の方を見る。
赤と金色の髪に、緑の瞳を持つ少年が鞠音のそばに駆け寄ったのだ。
「もう大丈夫ダ。けど、ここニいない方ガ良イ。立てルカ?」
力強い言葉は、しかしイントネーションが変わっている。
(ドールさん…)
何人か会ったことがある。それは兄が住み込みで働いている館の生き人形の総称だ。
こくん、と頷き、鞠音は立ち上がる。
「急ごウ。黒羊は強イけど、ここは危ナイ。物陰ニ…」
連撃が止んだ。
「どうなってイル…」
土壁の向こうから黒羊の狼狽する静かな声が聞こえた。
何かに察したように、少年のドール劉騎は顔を上げた。
「行ケ!!」
言いながら、劉騎は黒羊の元へ走った。
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