禍<わざわい>

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「君達ことは知ってるよ。」 切り裂かれた服に困ったような微笑みを浮かべていたラトが、視線を上げて黒羊と劉騎を見ながら言う。 「ヴァンパイアの領主に創られた人形、ドールだね。」 じり…、と睨み付けたまま臨戦態勢で牽制する黒羊と劉騎に対して、ラトは世間話と言った様子だ。 「…今日は、なんだろうね。とても邪魔が入る。上手く行かない。」 口調も表情も変えず、しかし、ラトは辟易した。 「だったラ、今すぐ立ち去レ。」 黒羊が冷たく言う。 しかし、その言葉に答えずラトは呟く。 「人間を模した…人間の為の道具。」 ポツリ、ポツリ。ラトは呟く。 「…そんな物に邪魔されるなんて、不愉快だな。」 シャラン…と、長剣が土壁から溶け、ラトの手に握られる。 刹那、何の予備動作もなくラトが二人に斬りかかった。 劉騎が土壁で防御しようとするが、今度は凪ぎ払われる。 「ナッ…!」 「劉騎ッ!」 黒羊が劉騎の前に出る。 ラトの剣劇を両手の長剣で受け流し、すぐに軌道修正した長剣が肉薄する。ラトの胸にクロスを描いて長剣が走る。 しかし、浅い。 「ハァァアア!!」 唸るような声と共に黒羊は、ラトの身体を押し返す。 ラトと黒羊の間に僅かにできた隙間に劉騎が踏み込み、黒羊は入れ替わるように僅かに下がる。 間合いに入った劉騎はラトに掌を繰り出し、黒羊は長剣を鞘に納めて両手の獲物をショットガンに切り替える。 ラトが劉騎の攻撃をかわす瞬間、劉騎の顔の横に黒羊のショットガンが構えられる。 「…」 銃口がラトの眼前に定まると同時にショットガンの引き金が引かれるのと、劉騎が身を屈めて低い重心からラトの身体を蹴り倒すのは同時だった。 顔と腹に受けた衝撃に、ラトがぐらりと仰け反る。 黒羊はショットガンをホルスターに収め、長剣を一本引き抜き、両手で握り締めた。 重心を定め、身体に長剣を引き付けた姿勢で突進する。 ラトの身体、人間であれば脾臓を目掛けて長剣を引き付けた姿勢のまま突き刺した。 心臓を狙わなかったのは肋骨があるから。 筋肉の繋ぎめ、骨の邪魔しない、剣を扱っている手では防ぎにくい、身体構造も防御ももっとも脆いであろう場所を狙う。 刃先が身体に入る。が、抵抗の感触。 刃が進まなくなる。 「いい加減…」 黒羊は勢いを殺さず、体重を掛ける。 絞り出すように黒羊は言う。 「斬られロッ!!」 ずぐぐ…、と長剣の刃がラトの身体に突き進み、やがて背後に長剣の切っ先が突き抜けた。 鮮血色の切っ先は、欠け落ちて歪んでいた。 黒羊の手も固く握られ、痺れている。 「ッ」 黒羊は瞬間、飛びずさる。 ラトの7本の剣が黒羊に向かって突き出された。 「黒羊!」 「…。ああ、酷いよ…。」 しげしげとラトは長剣が自らに刺さった様を眺めてから、身体にくっついていた塵を落とすようにさっさと長剣を引き抜いて打ち捨てた。 鮮血が溢れ、白い服を赤く染める。 「痛いなあ。服も汚れてしまった…。ああ…」 また、服の汚れを心配するラト。その言葉の端から、何と出血が収まってきていた。 「!黒羊、怪我…!」 劉騎が黒羊に駆け寄ると、左手の甲と右脇腹に傷が走り、じわりと出血していた。 「なんデ…」 黒羊はラトを睨み付けながら絞り出す。 「何デ、笑っテいられるンダ…!」 黒羊は詰る。 黒羊自身と劉騎が連携した攻撃で作った隙に叩き込んだ一撃、そしてその攻撃を物ともしていない目の前の事実に無限を見ていた。 終わりが見えないと言う事実に、戦闘意識が揺らぐ。戦闘は長引いて優位になることなどない。 つまりそれは、勝機など、皆無に等しい事なのだ。
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