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第7話『ノーブルのきらきら』
柵の抜け穴からはい出たクルルは、とぼとぼと通りへ向かいました。その表情から、すっかりしょげかえっていることがわかります。
(ぼくのせいで『キラキラ』が……)
そんなクルルの前に、ノーブルがバサッと下り立ちました。それに気づいたクルルが顔をあげると、ノーブルは言いました。
「ばかクルル!危なくなったらすぐに庭から離れろって言っただろう!」
しかし、クルルにだって言いたいことがありました。
「そんな言い方ひどいよ!もとはと言えば、ノーブルがしっかり『キラキラ』がどんなものか教えてくれないからでしょ!」
クルルの一言にノーブルは気まずそうに「うっ」と言葉をつまらせましたが、またすぐにくちばしを開きました。
「仕方ないだろ!あれがなんなのかなんて、カラスのおれが知るはずないんだから!」
「だったらぼくがわかるはずないじゃない!キラキラしたものなんて小屋の中にはいっぱいあったんだから!」クルルは頬をぷくっと膨らませると、ついにはそっぽを向いてしまいました。
クルルのへその曲げように、今度はノーブルがしょんぼりとする番でした。望んでいた結果にならなかったとはいえ、クルルとケンカをするつもりはなかったのです。意気消沈してうなだれたノーブルでしたが、その目がある一点を見つめたまま動かなくなりました。
「お、おい……クルル……」くちばしをパクパクさせながらノーブルは言いました。
「なあに!」クルルはまだへそを曲げたままです。
「そ、それ!」ノーブルはクルルの右手を羽先で指しました。そこには、泥で汚れた小さな木箱がありました。
「え、これ?」クルルはさして気にも留めない様子で言いました。
「さっき小屋から逃げ出すときに、これがコツンと手に当たったの。だから思わずつかんで持ってきちゃった。よく見たら全然キラキラしてないや」と、クルルは申し訳なさそうに言いながら箱を見つめました。一方、ノーブルの反応はクルルと正反対のものでした。
「クルル!よくやった!」ノーブルは抱きつかんばかりの勢いでクルルの肩を羽根でつかみました。
「これだよ!これがおれの言ってたものさ!」
「これが?」
「ああ、なんて大したやつだ!」そう言うとノーブルは今度こそクルルをひしと抱きしめました。
喜ぶノーブルとなにがなんだかよくわからないクルル。ノーブルはクルルの肩に翼をまわして、今にも飛び立ちそうな勢いでどこかへ向かいます。
「こうしちゃいられねえ!早速これを届けよう」
「届ける? せっかく取り返したのに、どこに持っていくの? これが欲しかったキラキラなんでしょう?」
「ああ、確かにこれはキラキラなんだが、これだけじゃキラキラしなくって……説明するのもまどろっこしいや。とにかくついてこいよ」
ノーブルは強引にクルルの手を引いて歩き出しました。
*
ほどなくして、クルルたちはある家の前に着きました。赤い屋根の二階建てです。
「ここに持ってきたかったの?」クルルは隣のノーブルへたずねました。
ノーブルは今着いたばかりだというのに、すでにくちばしをあさっての方向へ向けています。
「ああ、そうだ。よしクルルこっちへ」
そう言って向かったのはまたしても塀にはさまれた小路です。カラスというのはよっぽどせまい路が好きなのかもしれない。クルルはそんなことを考えながら後に続きました。
「クルル。木のぼりは得意か?」ノーブルが羽先で一本の木を指しました。
葉っぱをたくさんつけたコナラの木です。木は地面に対して少し斜めに生えており、太くたくましい幹は緩やかな弧を描いて塀をこえ、さっき見た家の庭におおいかぶさるように枝葉をのばしています。
「やってみるよ」
先ほどパシストンに追いかけられたことを思えば、木のぼりの方がいくぶんかましなように思えました。トルシェマから逃げるためそうしたように、今回は飛び降りる必要もありません。
「じゃあ、それはいったんおれがあずかろう」ノーブルは羽根を差し出しました。その上に小さな箱を乗せたクルルは、木のぼりに取りかかりました。
ノーブルは小箱をくちばしでくわえると、ひらりと飛び立ち、ゴール地点と思われる枝の上でクルルを待ちました。その後ろには二階の部屋の窓が見えます。姿勢を低くたもって木をよじのぼり、クルルはどうにかノーブルのもとへたどり着きました。するとノーブルは「ここで待っててくれ」と言い残し、羽ばたきひとつで枝の向こうにある窓辺に降り立ちました。木箱を置いて、窓を二回、くちばしでコツコツとノックして、カアとひと声鳴きます。なにも起きません。ノーブルはもう一度窓をノックして、さっきより大きな声で鳴きました。
家の中からパタパタという足音が聞こえると、中のカーテンが左右にさっと開かれて、ひとりの女の子が現われました。ノーブルの姿を確認して笑顔をみせると、窓の下半分をガタガタならしながら上にずらして開けました。
「カラスさん!」
「ずっと姿を見せてくれないからわたし心配で心配で」ノーブルのからだをひとなでした女の子は、ようやくその足元にある木箱に気がつきました。
「あなたが見つけて届けてくれたの? もう戻ってこないとあきらめかけていたところよ」
「あの日妹は泣きながら帰ってきたの。犬に人形をとられちゃったって。それどころか、あなたが犬を追いかけていったっていうじゃない。それからぱったり家にこなくなって……」
「でも、無事でよかった。それに、これも取り戻してくれたのね」
またしてもからだをなでてもらったノーブルは、なんだかくすぐったそうにしています。
「これはおばあちゃんからもらった大切なものなの。人形はまたつくることができるけど、これはそうはいかないから……そうだ、ちょっと待ってて」
窓から姿を消した女の子は、賑やかな声を連れてまた部屋へ戻ってきました。
「どこー? どこにあるの?」
「ほら、ここに。カラスさんもいるわ」
女の子にそっくりな妹が、その腕に抱きかかえられて窓から顔をのぞかせました。
「ほら、ありがとうは?」
「ありがとう、カラスさん」
ノーブルは嬉しそうにカアと鳴きました。
「なにかお礼しなくちゃね」
そう言うと女の子は、腕に着けていたブレスレットを、ノーブルの首へかけてくれました。小さなビーズをつないでできたブレスレットです。そして、木の上でずっとそのやりとりを見ていたクルルに気がつきました。
「あれはあなたのお友だち?」そう聞かれたノーブルはカアと返事をすると、クルルの隣へ戻ってきました。
「あなた、ずいぶんと真っ白なのね」
少し照れくさかったクルルは、ノーブルの後ろに隠れました。
「よかったね、ノーブル。とっても喜んでくれて」
「ああ」
「でも、どうしてあれが『キラキラ』なの?」
「今にわかるさ」
クルルたちのやり取りをよそに、姉妹は木箱についた泥をきれいにぬぐって、いつのまにか持ってきた人形の腕に抱かせました。
「縫うのはあとで。それよりも、久しぶりにみんなで聞きましょう。カラスさんも」
そう言って女の子は木箱の底にあるゼンマイをまくと、留め具をはずし、ふたを開けました。すると中から飛び出してきたのは、思わずため息をついてしまうほど、美しいオルゴールの音色でした。ふたの裏に描かれた星空を、純白のユニコーンが悠然と駆け、その後ろを、ときおり小さな流れ星が追いこしました。角まで真っ白なユニコーンを見たクルルは内心、「ぼくみたいだ」と思いました。
「わぁっ。すごいねノーブル、ほんとうにあれはキラキラだったんだ。あんなに綺麗だなんて、ぼく、思いもしなかったよ」
「バカ。おれのキラキラはそっちじゃねえよ」
ノーブルは姉妹の嬉しそうに笑い合うようすを確かめると、オルゴールの音色にあわせてひときわ大きく鳴きました。
「やったぜクルル!おれたちはサイコーだ!」
*
オルゴールを届けたクルルとノーブルは、姉妹の家をあとにして、ちょうどいい場所を探す道すがら、パシストンからキラキラを取り戻したときのことを話しながら歩きました。
ノーブルは、パシストンにおくすることなく勇敢に立ち向かったんだと胸を張り、パシストンに見立てたクルルを相手に、ときに身ぶり手ぶりで、ときに声を荒げて、やや大げさにその武勇伝を語りました。
「本当にカンイッパツってやつさ。パシストンの牙が今にもおれののど笛をかっきろうとした。それをひらっとかわしてよ。危うくおれの足はズタズタになるところさ、そういえば、ここらへんにちょっと傷があるだろう?見えないかな。まあ、さすがのおれもあのときばかりは肝を冷やしたぜ」
クルルも負けじと返します。
「ぼくだって、ノーブルのキラキラがどれだかはわからなかったけど、後ろからパシストンが追いかけて来ても逃げ出さずにキラキラを取ってきたよ。こわかったけど、頑張ったんだ」
そうやってしばらく歩いていると、小さな公園に行き着きました。遊具もなにもない、ベンチだけが置かれている静かな公園です。中へ入ったひとりと一羽は、どこか緊張したような面もちで向かい合いました。
「それじゃあ、やるか!」
「うん」
何をするかというと、答えはひとつです。手助けをしたクルルへ、ノーブルが感謝の気持ちを渡すのです。
「で、感謝の気持ちを渡すってのは、どうやるんだ? 言うまでもないけど、おれはとっくに感謝してるぜ?」
クルルはこまりました。デ・アールは“困っているものを助けてやれ”としか言いませんでした。
「最初に色をくれたデ・アールさんは、なにかこう、目をつむって『それ!』ってかけ声をかけてたよ」
「それだ!」
ノーブルはクルルから聞いたとおりに、目をぎゅっとつむって、「それ!」と言ってみました。それからクルルの全身をくまなく確認しましたが、どこにも色はついていませんでした。
「おっかしいなー」
ノーブルは腰のあたりに羽先をあてて、難しい顔をして考えました。答えはむこうの方からやってきました。肝心なことを忘れていることに気がついてのです。
「あ、そうだ!おれ、まだクルルにちゃんとお礼を言ってなかったや」
「そうだっけ?」
「ああ、きっとそうだ」
そう言うとノーブルは、クルルに向かってあらためていずまいを正し、コホンとせき払いをしてから、お礼を言いました。
「あー、そのー、なんだ……クルル。なんだかこう、かしこまるとかえって小っ恥ずかしいんだけど」
「うん」
「おれのために、危ない目にもあったけどよ。ありがとうな」
言い終えたノーブルは、クルルへ右羽根を差し出しました。クルルはその羽根を優しく握りました。すると、ノーブルの体から小さな光がいくつもあらわれて、クルルに吸いこまれていきました。
「おいクルル、見てみろよ!」ノーブルがクルルの靴を指して言いました。
クルルの靴は、ノーブルの羽ような濡れ羽色になりました。艶やかで、美しい黒色です。
「いいじゃねえか。サマになってるぜ」ノーブルは嬉しそうに言いました。
クルルもまた、嬉しそうに目を輝かせて靴をみつめていました。ようやくふたつ目の色を手に入れました。
「やったあ!ありがとう、ノーブル」
「いいってことよ」
喜びあうクルルとノーブル。
でも、すぐにそれどころではなくなってしまいました。
「よお。探したぜ」
公園の入口で、ようやくえものを見つけたパシストンが、目をギラギラと輝かせていました。
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