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第5話『カラスのノーブル』
「わー!」
街灯に飛び移ろうとしたクルルは、あと少し手が届かず、地面へ向かって真っ逆さまに落ちていきます。
(届かなかった!どうしよう!)
空中でジタバタしてみますが、なにかにつかまることもできません。クルルが覚悟を決めて目をぎゅっとつむったそのときです。黒い影が猛スピードでクルルに向かって突っ込んで、地面すれすれでその体をひょいと背中ですくったかと思うと、大きな羽をバサッと広げてどうにか体勢を整えながら少し先の芝生の上に着地しました。
「わぁっ!…いたっ!」
勢いよく着地したために、クルルは誰かの背中から地面に転げ落ち、鼻をしたたかにぶつけました。先ほどクルルを助けた黒い影は、様子をうかがうようにそばへやってきました。
その正体は、一羽のカラスでした。
「まったく…危ねえとこだったぜ。なにがあったか知らねえが、若えミソラで身なげってなあ感心しねえなあ」
濡れ羽色というのでしょう。少し紫がかった漆黒の羽は、お日さまの光を浴びてつやつやと輝いて見えます。ただ、普通のカラスと違って、なぜかくちばしは黄色でした。クルルが飛び降りた理由を勘違いしたそのカラスは、なおもお説教を続けました。
「生きるってのは辛えもんさ。でもな、それでもくさらず前を向いてりゃあ、いつかはそんなちっぽけなこと忘れっちまうくらい、高く高く飛び立てるってもんよ」
クルルは鼻をさすりながら立ち上がり、ようやくその声の主を確認してお礼を言いました。
「あぶなかったあ!地面に落っこちてぺしゃんこになるかと思ったよ。ありがとう」
「なんだぁ?おまえ、身投げしたんじゃねえのかい」カラスはほっとしたような、呆れたような声で言いました。
「みなげ?ぼくは、あそこから下りれないかと思って、あの棒につかまろうとしたんだ。でも、手が届かなくて落ちちゃった」
街灯を指さし、照れ笑いしながら頭をかくクルルに、カラスは呆れたのか安心したのか、「はぁー」とため息をつきました。
「馬鹿なこと考えたもんだ。おれが気づかなかったらどうなってたことか」
「ありがとうカラスさん」クルルは素直にお礼を言いました。カラスは頷いて返し、ようやくお説教をやめました。
「なんてことはねえよ。それより坊主、おまえ、なんだか変わったナリしてるじゃねえか。髪以外まっ白けときたもんだ」
カラスはクルルのつま先からくるりとはねた髪の先まで、まじまじと眺めて言いました。
「そうなんだ。だからぼくは、これから色を探しにいくんだよ」
「色を探す?」
「困っている誰かをぼくがお手伝いして、色を分けてもらうんだ。それよりカラスさん、カラスさんは、くちばしの他はずいぶんまっ黒なんだね」
「そりゃあそうさ。くちばしはさておき、なんていったって、おれぁ立派なカラスだからな」カラスはよく聞いてくれたとばかりに胸を張って言いました。
「なあ坊主、おまえ名前はなんていうんだ?おれはノーブル。まだまだひよっこと言うやつもいるが、最近じゃいっぱしにカラスをやってる」
ノーブルはそう言って器用に右羽根を折りたたむと、パサッと胸にあてました。それがカラス流のあいさつだと思ったクルルは、見よう見まねで右の手のひらを胸にあてて言いました。
「ぼくはクルル。まだまだ色もついてないけど、これからそれを見つけにいくんだ」
クルルがそう言って挨拶をすると、ノーブルは右手…いえ、右羽根を差し出し、握手を求めました。クルルも笑顔でそれに答えます。
「よろしくな。クルル」
「よろしくね。ノーブルさん」
「やめろよ、くすぐってえ。ノーブルでいいぜ」
「ありがとう。じゃあよろしくね、ノーブル」
こうして、クルルにはじめてのお友だちができました。
挨拶を終えたあと、ノーブルはクルルにたずねました。
「そういえばさっき『色を探す』とか言ってたな。ありゃいったいどういう意味なんだ?」
クルルはその質問に笑顔で答えました。
「ぼくには見てのとおり色がないから、困っている誰かをお手伝いして色を分けてもらうんだ」
「へー、色をねえ」ノーブルは感心した様子です。
「ならよ、おれを手助けしてくれねえか。ちょいと困ったことがあってな」
「よろこんで。それで、困ったことって?」クルルは身を乗り出すようにして聞きました。ノーブルの話はこうです。
ノーブルはつい最近、とてもキラキラしたあるものを見つけました。それはこれまで見つけたどんなものより素敵なもので、どうしても手に入れたいのだとか。カラスは光るものが大好きなのです。
「じゃあ、今からとりにいこうよ!」さっそく駆け出そうとするクルルをノーブルが翼で制しました。
「おっと待ちな。話はそう簡単じゃねえんだ」
「どういうこと?」クルルは首をかしげます。
「見つけるには見つけたんだが場所がまずい。よりによって、パシストンの小屋ん中さ」ノーブルは困ったように言いました。
「パシストンって?」
「凶暴なブルテリアだよ。このあたりじゃ知らねえやつはいねえ。なんせあいつは、自分が気に入ったものなら他人のものでもぶんどっちまう、やっかいなやつだからな」
「もしかして、ノーブルの『キラキラ』も取られたの?」
「そんなとこだ。だからクルル、そいつを取り戻す手伝いをしてもらいてえ。やれるか?」
「わかった。やってみるよ!」
「そうと決まれば作戦会議だ。歩きながら話そう」
そうして、ひとりと一羽は目的地へ向かって歩きながら、『キラキラ』をどうやって取り戻すかを話し合いました。ノーブルにはすでにいくつか思いついた方法があったようで、クルルはノーブルが考えたそれらの方法を教えてもらいながら、一生懸命覚えようと小むずかしい顔をしてふむふむと聞いていました。
車が一台通ればやっとの細い並木道を、クルルとノーブルが並んで歩く様子は、なにも知らないものからすれば少し奇妙に見えたかもしれません。なぜなら、小さな男の子がカラスと一緒に歩いているだけでなく、さっきから頷いてばかりいる男の子ときたら、髪以外ぜんぶまっ白なのですから。
そうこうしているうちに、目的地へ到着しました。
「着いたぜ。ここだ」
ノーブルがそう言って足を止めると、そこは三角屋根の小さな家の前でした。
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