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第1話『はしっこのクルル』
クルルはパチリと目を開けました。
鉛筆で描かれた小さな丸い目は、ページの端っこから『描き主』を見上げています。どうやら今回もまた、自分を描いた女の子はなにか思い悩んでいるようです。
(またなにかあったのかな?)
クルルがそう思うのも無理はありませんでした。というのも、クルルがこうしてどこか紙の端っこに描かれるときは、決まって女の子がなにかに行き詰まっているときでした。それは宿題だったり、勉強だったり、彼女が大人になった今では、仕事だったりしました。そんなわけで、クルルは女の子の笑顔をほとんど見たことがありません。
女の子はさきほどから、鉛筆の先でノートをとんとんつついたり、にょろにょろくるくる線をひいたりしながら、何をするでもなくどこかを見つめています。ノートのかたわらに置かれたコーヒーはすっかり冷めてしまいました。
(あかねちゃん、今日もやっぱり元気がないなあ…)
そんなことを考えながら、クルルは女の子に気付かれないように部屋の中を見渡しました。部屋の壁には彼女が描いた絵がたくさん飾られていました。絵を描くことが大好きだった彼女は、小さなころからあれこれ描いては部屋に飾っていたのです。その絵はどれも色彩豊かで、動物を模写した作品からはその息づかいを感じられましたし、草原を描いた風景画からは、風にのったさわやかな草の匂いまで感じることができました。彼女ももちろん、そんな自分の絵が嫌いではなかったので、時折それらを眺めては心を落ち着かせることにしていました。
しかしここのところ、特に彼女がどこかへ仕事に行くようになってからは、新しい絵が飾られることはありませんでした。クルルはそれもまた気がかりでした。
(今日は『花の絵』は見たのかなあ。最後にあれを眺めたら、たいてい元気になるもの)
クルルの心配をよそに、女の子は今度は椅子の背にもたれかかって、天井を眺めはじめました。
「この様子じゃあ、今夜も長くなりそうだ」
ベッド脇の絵の中で、三日月が小さくため息をつきました。
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