1/3
前へ
/9ページ
次へ

それは兄嫁(あによめ)である『人間』への挨拶(あいさつ)()ねたちょっとした悪戯(イタズラ)だ。 この世界で珍しい『人間』を召喚儀式(しょうかんぎしき)で嫁に(めと)った兄は幸せそうで…その顔が何だか面白(おもしろ)くなかったからだ。 昔っから兄は弟の俺や長兄に大事なものを(うば)われてばかりいた。 そのときの(くや)しそうな顔が見たくて欲しくもない兄のを奪っていたようなものだ。 兄の悔しそうな顔をみたら用済(ようず)みであるモノは兄の目にとまらぬ場所へ行き捨てていた。 だから友人から聞いた(うそ)か本当か分からぬ『人間』の嗅覚(きゅうかく)が獣人より(おと)るという情報から俺が四つ足の黒い獣で会いに行ったら兄嫁(あによめ)である青年は気がつくのかというイタズラだった。 俺と兄は2足歩行のときは全然似てないのに四つ足の姿は非常(ひじょう)に兄の姿に()ていて獣人達は(にお)いで俺と兄を()ぎ分けているからバレない自信はあったんだ。上手く(だま)せたなら、ちょっと困らせて兄から嫁を(うば)うのも面白いと思ったのだ。 事前にこの時間なら兄は留守(るす)にしていて嫁だけが家にいると長兄から情報をもらっていたので、兄の家近くで四つ足に変わり服を他の獣人に見つからないように隠して何食(なにく)わぬ顔で兄の家へと走っていった。 前足でカリカリと(とびら)(つめ)で引っかくと中からパタパタと足音がしてドアが開き青年が持っていたタオルで前足と後足を手際(てぎわ)よく()れたようすで(ぬぐ)って家へ迎え入れたのだった。 召喚儀式(しょうかんぎしき)をした灰色の獣人たちと兄からこの青年が老人の姿で現れたと聞いたけれどシワなど無い顔は(ととの)っているし俺の足を拭ってるときに服の胸元から見えた体も20代の健康的な肌に見えた。 この近さで青年を見ることがなかった俺はジックリと観察(かんさつ)して、兄と俺を間違えたことに気づいたときの(おどろ)いた顔を想像してワクワクするのだった。 まるで気づいてない青年にご飯まで用意され、獣の姿のままで食べ終えて彼の(ひざ)に乗っても(おこ)りもしないのだった。 …召喚花嫁(しょうかんはなよめ)とはこんなものなのだろうか? それとも『人間』とは伴侶(はんりょ)の違いさえ分からぬ(おろ)かな生き物なのか…ああ、そういえば友人は人間だけがする愛情表現があると言っていた。それを試そうと青年の顔に口を()せえれば 「で、お前は俺になんの用なんだ?」 と青年の顔の前まで(せま)ってた俺の鼻先(はなさき)を手で(つか)み押しのけるように(とお)ざけたのだった。 !!! 俺が驚いて青年の(ひざ)からおりると 「(あき)れたヤツだな、バレないとでも思ったのか?全然似(ぜんぜんに)てないだろ。」 と青年らしくない冷たい声と侮蔑(ぶべつ)の表情をうかべて俺を見ているのだった。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

46人が本棚に入れています
本棚に追加