第三話 回想、貴族令嬢

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第三話 回想、貴族令嬢

 4人は自分たちの客室に戻る。 「綺麗な人ねー」  ティナは、ラインハルトの胸という今まで自分だけが甘えることを許されていた場所を、ナナイに横取りされたようで、少し拗ねて呟く。 「素敵な人だったわね。さっきの人がラインハルトさんの彼女?」  クリシュナからの質問にラインハルトが答る。 「さっき初めて会ったばかりさ」  ハリッシュは、やや声を抑え気味にラインハルトに尋ねる。 「さっきの女性、ナナイさん・・・でしたか。見るからに貴族の令嬢でした。それもかなり上位の爵位を持つ貴族だと思われます。なぜ、兵役免除特権を持つ貴族の令嬢が、どうして軍用列車の、それも平民用の車両に??」 「わからない。何も聞いてないから」  普段は表情が乏しいラインハルトだが、ナナイの事を考えると、少しだけ口元が緩む。  多くの貴族は、革命によって帝国が共和国に変わっても兵役免除特権を持つ。  国家への忠誠と貢献を示すため、騎士や貴族が子弟を兵役に就かせる事は良くある話であった。  しかし、大貴族の令嬢が兵役に就くというのは稀であった。  多くの貴族は、自前の馬車や鉄道馬車を保有しているため、従者を連れて装備を持って、直接、駐屯地や士官学校へ向かうだろう。  しかし、貴族令嬢の彼女は軍用列車に乗っていた。 「きっと何か理由(わけ)があるのよ」  クリシュナの意見に、客室にいる全員が納得したようだった。  ナナイは、(うつむ)きながら軍用列車の客車通路を足早に自分の部屋へ歩く。  軍用列車の先頭から二番目の客車がナナイ専用客車であった。  客車は二部屋あり、ひとつは貴族用の部屋、もう一つの部屋はその従者用に使われていた。 「お帰りなさいませ。お嬢様」 「ただいま。(じい)」  ナナイが自分の部屋に戻ると、白髪の老執事がうやうやしく出迎える。  老執事は、自分が仕える主人の変化に気が付く。 「おや・・・? お嬢様。お顔が赤いようですが、熱でも?? 風邪を引かれたのでは??」 「何でも無い!!」  痛いところを突かれ、ムキになって返答するナナイに老執事は少し驚く。 「すまない。少し苛立っていて」 「お気になさらないで下さい。各方面の斥候から報告が届いております」 「ありがとう」  ナナイは、忠実な老執事から報告書を受け取ると、ベッドに腰を掛けて報告書に目を通し、ため息交じりに呟く。 「『未だ辺境に派遣された帝国の四個方面軍は動かず』か・・・」  皇太子が革命政府に監禁されているため、強力な帝国軍は、ずっと辺境に留まったままであった。  普段は穏やかな表情の老執事は、鋭い眼光を見せ、ナナイに小声で話し掛ける。 「帝国最大の御領地には、忠誠を誓う5千の騎兵と3万の歩兵がおります。帝国の4個方面軍をあてにせずとも、お嬢様さえ御決心頂けるのであれば、この不肖(ふしょう)パーシヴァル。軍団を率いて革命政府の雑兵など蹴散らして御覧に入れましょう」  老執事からの進言に、ナナイは領主然とした表情で答える。 「早まるな、(じい)。お父様は帝国同胞の殺し合いを嫌い、革命の時に中立であったのだ。当家が貴族特権の維持と引き換えに形式的に革命政府に服属しているのも、そのためだ」 「しかし、それにしてもお家とお嬢様に対して、なんと無体を強いる賤民共(せんみんども)。心労に倒れた病床の御館様に代わり、お嬢様に「兵役に就け」とは・・・。口惜しゅうございます」  目に薄っすらと涙を浮かべて悔しがる老執事に、ナナイは諦めたような表情で答える。 「革命政府の方針は『男女平等』だそうだ。仕方あるまい。親同士が勝手に決め、相手の顔さえ知らなくても、私は皇太子殿下の婚約者(フィアンセ)だぞ? 『反革命』そのものだろう?」 「皇太子殿下の消息について、手の者からの報告は、なんと?」 「報告書には、『皇太子殿下の消息は未だに不明』とのことだ。居場所も生死も不明と」  ナナイはため息混じりに老執事にそう答えると、目線を車窓の外へ移した。  革命党による暴力革命によって、帝室と帝室に連なる公爵家は粛清されてしまい、ナナイの実家であるルードシュタット侯爵家が帝国最大の領地を持つ最高位の筆頭貴族であった。  帝室の生き残りである皇太子殿下は、ナナイの婚約者(フィアンセ)であり、暴力革命で革命政府に捕らわれ消息不明のままでいる。  ナナイの実家であるルードシュタット侯爵家は、革命政府に対して面従腹背であり、形式的に革命政府に服属しているが、裏では革命政府に捕らわている皇太子を救い出すべく、その消息を探っていた。  もし、自分が男だったら、革命政府に反旗を翻したとしても、多くの貴族諸侯が味方してくれるだろう。  しかし、自分は女だ。軍務経験も何の実績も無い『貴族令嬢』に誰も味方してくれる者などいない。  だからこそ、革命政府から病床の父に代わりナナイが兵役に服すように命じられたのは、かえって好都合だった。 「自分は軍務経験も無く、勉強から始める。」と革命政府に認めさせた。  自分は士官学校へ行き、家臣の軍団は領地に留めておく。  その間に皇太子殿下の消息と味方してくれる軍勢を探せば良い。  皇太子の居場所が判明し救出できれば、強力な帝国軍が革命政府を叩き潰すだろう。  革命政府にとっても、首都近郊に反革命の職業軍人からなる軍団が臨戦態勢(りんせんたいせい)で存在するより、領主であり指揮官でもあるナナイを革命政府の手の届くところに置いて、軍団を動けないようにした方が都合が良かった。 「もうよい。下がって休め。私も休む」  ナナイの指示に老執事は恭しく一礼して、部屋を後にする。  執事が立ち去るのを見送り、ナナイは枕を抱いてベッドに寝転がった。  家、家臣、領地、領民、そして国家の将来。  背負うものはあまりに重く、頼れるものは何もない。  気丈に振る舞うが、心細かった。  ラインハルトは、ナナイに下卑た視線を向けてくる貴族の子弟とは違っていた。    強く、優しく、誇り高いラインハルトの目は、身分や政治、権力にがんじがらめに縛られているナナイの全てを見透かしているようだった。  それだけに純粋に良心から身を挺してナナイを守ってくれたラインハルトに心を奪われてしまった。  ラインハルトの事を考えると、胸が高鳴り顔が熱くなる。 「婚約者(フィアンセ)がいるというのに」  そう呟くと、ナナイは枕に顔を埋めた。
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