嫉妬を拗らせた男

1/1
前へ
/1ページ
次へ
犯罪を犯した理由は、なんとなく。だった。最初殺した理由は、憂さ晴らし。だった。一人、二人、殺して、そのやり方が残忍であればある程にメディアは取り上げた。 毎日、昼夜問わず、ラジオもテレビも新聞も、この小さなスマホの中ですら名前が出回って噂が立って注目される。 それが快感だった。 ある時女を襲った。女は一人で歩いていた、ヒラヒラと揺れるスカートが記憶に残る、後は叫ぶ声。女の声は甲高くて煩くて、すぐに殺してしまった。でもこれじゃ普通な気がして、少し歩けば伐採の時に使うであろうチェーンソーがあって、人の気配もなかったから貰った。 まだ少し温かった女は簡単に割れた。 生温かい血が飛んで、骨は少し手こずったけど綺麗に切れて、少し遠い所に髪を掴んで持っていった。顔は覚えてない。けどとても楽しい経験だった けど女を襲っても快感はなかった。身体の快感は心の快感ではない事に気付いた。 「和輝」 そう呼ばれて、向けられた笑顔と賞賛の声、それによって受ける視線こそが快感だった。それが明確になったのは多分、小学四年生の頃。 俺には弟が居た。弟は俺が殺した。顔はとても似ていたけど弟は保育園に入る頃から入院生活で共働きの両親の代わりに毎日見舞いに行かされた 行かされた、という言い方は間違いない。保育園が終わり、小さな身体は毎日病室へ行った。何度行っても病院特有の匂いには慣れなかった、けれど、両親の言いつけを破れない" いい子 "が居た。 和哉。と呼べばキラキラした笑顔が向けられて、俺も嬉しくなったのは事実。きっと、その孤立した弟の中には俺しかいない。という優越感から来たものだと思う 門限の時間、名残惜しそうにする弟の顔を覚えてる。滅多に来ない両親より兄を慕っていたのだろう。だから、俺は気付いてやれなかった。弟の中に、俺より酷い執着心があった事を。 小学校入学の数ヶ月前、隣に越して来た男の子が居た。とても可愛らしくて、少し人見知りみたいだった。その子は保育園に来ず、自宅学習をしていた様で、遊べる時間は限られていた。その子と漸く遊べる様になったのは入学してから。互いに名前を呼び合って、最初、少しからかわれていた彼は庇った俺を慕ってくれた。 それはそれは楽しくて、弟の事など忘れていた それが弟を壊し始めたのかもしれない。今はそう思う。俺にとって弟は彼以下だった。けれど弟にとって俺は、唯一だった。 両親からの異常な期待を受けていた俺は、いつしか彼、そしてその他の人間からの" 凄い "という視線で精神を保つようになっていた。彼は特別で、何かにつけて褒めてくれて、持ち上げてくれて、それは弟も同じだが、何かが違った ある時そこにぽっかりと大きな穴が空いた。 それが小学四年生になる前。彼は転校した。一番の" 安定剤 "が居なくなった。タイミングが悪かった。 弟が退院した。 数日" 大事な友人 "が遠退いた辛さに部屋で過ごした。それが俺の人生を変えた 弟は" 優秀 "だった 母に促される様に教室に足を踏み入れても其処に俺の席なんてなくてあるのは一瞬だけ向けられる視線。その視線が怖かった。 今まで勉強なんてしてなかったはずなのに、和哉は乾いたスポンジ、すぐに吸収して、俺を追い抜かしていった。両親の期待も、友達の眼差しも、全てを持っていかれた。俺はどんどん落ちこぼれた 世間の目を気にする親は俺が家に居るのが嫌だった様で、小学校を卒業する頃には当たり前に毎日責められた。 「和哉は優秀ね」 そう言われていたのは俺だったのに、俺の席は、家にさえ無くなっていた 和哉は俺が何か言われる度に慰めてきた。これがどれほど屈辱な事か。成長し、環境を変えて、俺は神奈川の底辺校へ受かった。偏差値の高い高校へ進学した和哉との扱いの差は歴然。両親からの叱責の後、弟に怒鳴った。ただの八つ当たりだった、けれど、和哉は言った 「和輝は俺の中心だ」 その時は、腹が立った。ヒーローだ、王子だと言われていた俺は、その席を奪った弟に中心だと言われた。なんて侮辱だと、滑稽だと思った。 でも" 普通 "になった今なら分かる。 和哉は死ぬ時、叫んでいた。その叫びは殺した人間の中で一番記憶に残っている。その瞳は俺だけを捉えていたし、俺だけに向けられた心の叫びだった。まあ、その時は憎らしくて堪らなかったのだけれど すぐに家を出た。それから話し掛けられた憂さ晴らしとして殴り殺した。金を持っていたから、奪って逃げた それからは殺して、財布を取れば金が稼げた。羽振りが良ければ、友は寄ってくる。車を持つ友を買って、殺して、車と金を貰って、そんな時不意に見たテレビに俺の名が流れた。数日過ごして、その頻度は高まるばかり。 これだけ取り上げられれば、俺は、有名人だ。 だから和哉に、俺は恩返しが出来ると電話で告げた。 ある時、親から怒涛の電話が掛かってきて、留守電を聞けば罵詈雑言の嵐。その言葉の中に 「和哉は優秀なのに」 という言葉があった。其れは、俺がこうなってから、だろう。散々俺に期待しておいて、と思った。だから恐怖を与えたかった、家の近くに住む女を殺した。その後両親がどうなったのかなんて簡単に予想もついたし、大正解だった。引っ越したのだ、それはもう面白かった、自分に被害が及ぶかもしれないと思った瞬間電話なんてかかって来なくなった いつしか携帯も使えなくなり捨てた。 指を切ったり、腹を裂いてみたり、気になる殺し方があれば試した。まだ生きている其奴が、死にたくないと懇願する姿が滑稽で、一瞬でもこの穴を埋めようとした 毎日車を走らせて、偶に声を掛けられたりして、其奴を殺して、また奪って、その瞬間は楽しくて仕方なかったけど、終わりは計画していた。 ある日見掛けた、彼が歩く姿を。其れは真夜中でフードを被って俺は何度も車で行き来した、珍しく嫌な予感がした。散々人を殺しておいて今更緊張か、なんて笑われるだろうがその子は、彼は、何かおかしいと思った。 そして着拒で済ませていた弟の言葉を思い出した。 「一番恨むべき人を殺してあげる。」 和哉の声色は、楽しそうだった。弟と歩く姿を見たのはそれから数時間後、弟は、俺だった。似ていた、なんてものじゃなくて、恐怖を覚えるほど俺の顔で、綺麗な笑顔を彼に向けていた、 俺は、" 自殺してあげる "という解釈をしていた。散々憂さ晴らしをして、和哉が死んだという訃報を聞いて笑って警察に行ってやろう、なんて、けどそんな恐怖も一瞬で怒りに変わった 何故、生きている。何故、彼の隣にいる。何故、御前が笑えている。 そんな気持ちでいっぱいになった。すぐにその場から離れて車を走らせた。もっと殺さなければ、もっと注目を浴びなければ 捕まった瞬間、裁きが告げられた瞬間、下された瞬間、俺は世を震撼させる。そして、風化しても尚、メディアは時折取り上げる。その度俺は、" 松本和輝 "は生き返る。俺の様に残忍なやり方を凄いと崇める腐った奴らも多い広い世の中で、俺が死ぬ事はないという自信があった。コンプレックスの弟が生きているとするなら、其れを上回る、何かを残せばいいと ある日殺した男のスマホで俺は彼の捜索願いを出した。やはり残り少ない理性は捨てられないようで、声色を変えて適当な服装を告げて、この男のスマホの番号を言って。捨てた。 その時から弟を殺そうとは思っていた。 ずっと、俺の中心に居る事が許せなかった。全てを奪っておきながら、彼の中にまで入り込むのかと思った。 振り返ればまた前の俺に戻る、女も男も、ある時は子供も殺した。生温かい血に触れれば何故か其奴を制圧出来た気がして穴は一瞬埋められる 乗せられていたガソリンも尽き遂に車も乗れなくなって、気付けば知ってる見知った場所に居た。其処は亡くなった祖父母の家の近くだった。人間の潜在的な意識は恐ろしいもので知っている場所に向かおうとするのだと思っていた、けど其処には先客が居て、彼が寝ていた。少し経てば彼は起きて、靴も履かずに砂利道を走っていった。 過疎地域で良かった、近くに空き家に身を潜められた。そのまま帰って来ないでくれ。と思う気持ちと保護されてくれという気持ちが入り交じって家を見詰めた。その時点できっと" 普通 "の人間だったのかもしれない 彼は" 俺 "と手を絡めて戻ってきた。 気持ち悪さに意識が朦朧として、そんな中で聞こえた叫び声に身体は勝手に動いていた、視界に入ったのは弟が、男を襲っている姿で開いた棚から見えた包丁片手に、弟の肩を刺した。 「和輝」 と呼ぶその声は俺が知ってる声よりも少し低くて、でもその瞳は変わってなくて、ぞわっとしたのを鮮明に覚えている。そこからは、全てを吐き出した、弟に嫌いだと、邪魔だと、御前さえ居なければなんて事も言った。全て、その時は本音だった。今思えば、ただの子供の嫉妬でしかなかった。だから、最後くらいは優しくしようと思った。 恐怖だったんだ。弟に向けられた瞳が、叫ぶ声の中に入り交じる明確な依存心が。出来るだけ、綺麗な身体で残してやろうと思った。目を覆って、身体を壁へと寄せて、最後の最後まで歪んだ顔はその時ばかりは笑ってくれた様な気がして、それも俺の勝手な解釈でしかないが 彼は俺についてくると言った、でももう、逃げる気は起きなかった。全て終わったから。俺はただの" 松本和輝 "に戻ってしまって、恨みの一つも無くなっていた。 途切れ途切れの呼吸も、痛々しい傷口も、俺が今まで見たものよりとても小さいものなのに俺にとってはとてつもなく苦しいものだった。だから逃げた、その子だけには生きてて欲しかった。きっと、子供ながらに彼に依存して、彼を愛していたのかもしれない。コンビニ横の公衆電話にポケットの中の百円を全て入れて通報した、早く来て欲しい、と。 小さい町での事件だから、すぐにパトカーは走った。救急車のサイレンが響き渡って、俺は漸く出頭した。 残忍な連続殺人犯、はすぐに判決が決まる事なく。死刑にすべきか終身刑にすべきか、悩みどころだった様だ。未だ弁護士に聞かされる様々な事実に驚愕の日々だ。 けれど彼は生きている。 それが良い事なのか悪い事なのか、今でも分からない。 今日もそれを考える。判決が確定して、死を迎えるその日まで。               松本 和輝
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加