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00. Prologue
雲一つない青空に遠雷と思しき轟音が耳を劈く、その方角を見やると視界に映ったのは巨大な姿。
近くにいた騎士団の精鋭がガルドゥーン帝国の皇族たる俺と兄弟たちを守るべく前に立ち剣を構える。
幾人かは攻撃に備え獣化し、また魔剣士たちも詠唱を始めんとしている。
翡翠色に輝く巨体は竜の持つ独自で強烈な存在感を放ちながら演習場の片隅にゆったりと降り立った。
横に広げられていた大きな翼が頭上に伸ばしあげられたかと思うと、あっと言う間にキラキラ光る鱗粉を撒き散らしながらシュルシュルと縮み人型を取った。
「私の! 私の番! ああ、なんて愛しい!」
翡翠色の髪をなびかせた細身の姿が足早に近寄ってくる。
恐ろしいほど端正な顔を上気させ、オレンジ色の瞳を潤ませている。
竜人か、奴らには感情はないのではなかったのか、どこか他人事のように冷静に見ている自分がいて不思議に思う。
が、しかし真っ直ぐ自分に向かってくる姿にハッと正気に戻り、ついに俺にも番が現れたのだと歓喜した。
その昔、俺がまだ幼かったころ(オレ4歳)当時、成人前の第一皇子の異腹兄が半身たる番を得たときのことが蘇る。
常に沈着冷静でカッコイイ兄が驚くほど無様に惚ける姿にがっかりした。
その一方でその二人の甘やかな雰囲気に強く憧れたもした。それから早20年……。
獣人の我らにとって番は代替できるものでない。
更に魂の番となるとそれは至上である。
そしてその番を探し出す能力は個体の持つ生命力や魔力、能力の強さに比例しており、多くのものが10代で番を得る。
俺は生まれながらに一族の中でもずば抜けて、個の持つ生命力や身体能力が強く、そして指導者たるオーラの輝きもその資質も強いと言われていた。
加えて、獣人には少ない魔力すらも大きく、力が全ての獣人国では、幾人もいる兄たちをおいて、次世代の皇帝になるだろうと目されていた。
そんな中、同腹妹の番祝いを行ってから既に10年…(オレ14歳)
俺の番は見つからなかった。その理由は判っている、ホロウ病の罹患だ。
有史以来、2~300年毎に10~20年程、あらゆる天災、災厄があちこちで起きる。
日照り、洪水、台風、地震、火山の噴火、伝染病の大流行、魔物のスタンピート、そしてそれらを理由とした国同士の諍いや大戦など、次々に襲いかかる様々な試練に耐え切れず滅んだ王国や種族は数え切れない。
そしてこの病はその災厄の一つで、別名「獣人殺し」という。
症状はちょっとした倦怠感から始まり、下痢、嘔吐、高熱と続き、かゆみのあるピンク色の鮮やかな発疹が身体中広まり、それが落ち着いた頃に全身の関節が激しく痛み悶え苦しむというものだ。
人族であれば50%の確率で死亡し、生き残っても五感である視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚のいずれかの感覚が無くなる、または鈍くなるとされている。
峠を越えたものの多くは二週間程で苦痛から解放されるのだが、体力のある獣人の場合はその死亡率が20%ほど減少する。が、しかし後に恐ろしい精神的苦痛が待っている。
それは獣人にとって生きる意味である番が感知できなくなるというものだ。
ピンク色の発疹を自身に見た途端、絶望のあまり狂死してしまう獣人もおり、完治10年後の生存率が30%を切る研究結果もある。
獣人国の最高学府はもとより、各国で研究が進められた結果、根本的予防や完治方法は解明されていないが、症状緩和、罹患期間短縮、そして損なわれた能力回復の方法も幾つか見つかっている。
俺は12歳で罹患してしまったが、己の体力・精神力が強過ぎて発狂することもできなかった。
しかもまた運の悪いことに開発されたどの方法でも番感知能力が回復せず、未だ半身を得られずにいた。
渇望、嫉妬、絶望を繰り返し、それを度々起こる苛烈な最前線で紛らわせた。
そうしていつの間にか多くの部下たちの信望を集めることになり、数多の武功を生み出すことになった。
今や、一族のみならず、元老院、主たる貴族の信任を得て、第一皇太子という地位に就いてしまった。
番が見つかれば、今いる第二皇太子、第三皇太子は任を解かれ、唯一の皇太子となる。
そして、今まさに長年の苦しみから解放されるときが来たのだ!
神よ! 感謝します! ああ、俺の美しい番!
迎えに行けなかった俺を許してくれ!
目の前にまで来た半身を抱きしめるために、両手を広げる。
翡翠色の長髪は優しく俺の頬を撫で、
通り過ぎ、
真後ろにいた5歳になったばかりの末弟の前で跪いたのだった。
*****
お約束ですよねd( ̄  ̄)
直後談
「ああ、私の番よ」
「あなたがぼくのつがい?」
「おお、なんてことだ。まだ、感じられないのだね。こんなにも芳しく私を求めているのに」
切なそうに竜人は言う。
「あなたがぼくのつがいなら、とてもうれしい! だって、こんなにキレイなんだもの」
「ね、あにうえ、そうでしょう?」
末弟は大好きな兄に向かって無邪気な笑顔で話しかけたのだった。
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