1「プロローグ」

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1「プロローグ」

 いつからだっただろう。  皆からの賛美の言葉が、心に響かなくなったのは。食べ物を食べて、美味しいと感じることが無くなったのは。美しいものを見て、心動かされることが無くなったのは。  私は、生まれた時から全てを持っていた。富も、美貌も、名声も。まるで、そうなることを運命づけられていたかのように。  なのに、いつからか、感情の起伏がなくなっていった。生きるだけで疲れを覚え、全て持っているからこそ、完璧で居なければならないという事実を知って絶望した。  だから、私は自宅にいる召使いに、こう告げたのだ。 「一生眠っていたい。もう二度と、目を覚ましたくない」と。  無論、召使いは酷く仰天して、屋敷中大騒ぎになった。両親にも思いとどまるよう説得されたが、私が決意を改めることは無かった。  娘が自ら命を経つ前に。両親はそう考えたのだろう。ある日、両親は私を地下室へと連れてきた。そこには、見慣れない、カプセル式の装置が置かれていた。 「メリナ。この中に入りなさい。この中に入って眠りに落ちれば、一生目覚めることは無いよ。苦しくもない、安らかな世界に行けるんだ」  父がそう優しく告げた。その目に、確かな涙を湛えながら。  私は一瞬、躊躇いを感じたけれど、私のためにここまでの機械を用意してくれた両親のことを考えたら、もう引き下がることはできなかった。  カプセル型の機械に入り、横になる。  母が、私の顔を覗き込んでくる。 「メリナ。貴方にこんな辛い思いをさせてごめんなさいね。でも、忘れないで。私は、貴方のことを愛している。貴方のことを、一生忘れない。貴方が眠るまで、ずっとそばに居るわ」  母は、ひたすらに泣いていた。けれど、笑っていた。笑顔でいてくれようとしたのかもしれない。これは、私が望んだことだから。  私は、自分がいかに浅はかな言動をしてしまったか自覚した。そして、一気に後悔が押し寄せてきた。涙が、とめどなく頬を伝う。  私は、目を閉じた。このまま眠れば、私は一生の眠りにつく。そう考えると、とても寝付けそうになかった。  けれど、幾分か経った時分、ついに私は眠りに落ちた。そして、私は、永遠の眠りについたのだ。  ……はずだったんだ。
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