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「涼真に本命ができた」、そんな噂を耳にしたのは二年の夏。「本命」なんて涼真にできるはずがない、そう鼻で笑っていられたのはその噂を聞いた一週間。一週間以上涼真が同じ相手と関係を持つことはあまりない。よっぽど気に入ったか、相性が良くなければ最悪一日、平均三日ほどで涼真は関係を絶つ。
俺はなんとか気持ちを落ち着ける。別に一週間続く相手が今までいなかったわけじゃない。またいつものようにすぐに飽きるはずだ。来週までには分かれているだろう。
そんな期待も一週間後見事に打ち砕かれ、その後聞いた噂に思わず耳を疑った。
「涼真の本命は男らしい」
そんな馬鹿な、思わずそう叫びそうになる。涼真が俺以外の男と付き合ったことは今までないはずだ。俺自身涼真と付き合うに至るまでには一年近く費やした。そして涼真が折れる形で面倒くさそうに俺の告白を了承した。しかしそれでも涼真は男である俺との関係は周囲に知られたくないようで、他言しないことと必要以上の接触を禁じた。
それは仕方のないことだと諦めていた。偏見もあるだろう、俺と付き合っていることを知られたくないのは当然だ。そう思っていたけれど、涼真が関係を周囲に知られたくないのは「男であるから」ではなく、「俺だから」なのか。
そんな考えに思い当ってぐっと胸を押さえた。気分が悪くなる。思わず口元に手をやって廊下の端に座り込んだ。
「大丈夫?」
そう声を掛けられ見上げれば端正な顔立ちの男が心配そうに俺を見下ろしていた。
この男を俺は知っていた。大学で涼真と共に行動している友人の一人、名は確か瀬田川 凪人と言ったか。涼真たちのグループは大学内でもひと際目立つ。何度かその名を耳にしたことがあった。
大きく息を吸って呼吸を落ち着ける。この男はきっと俺のことを知らないはずだ。涼真が俺との関係を友人に話しているはずがないのだから。それならば彼は完全なる親切心で俺に声をかけてくれたのだろう。
「もう大丈夫です、ありがとうございます」
なんとかそう礼を言って俺は立ち上がる。涼真の友人との接触はなるべく避けたい。どこでボロを出して涼真に関係を切られるとも限らない。
まあそんな心配をせずとも俺たちの関係はもうすぐにでも終わるのかもしれない、そう思い直して嘲笑した。
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