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窓辺のアマランダ
私が働く介護施設にあるお婆さんが入所して来たのは丁度、夏の始まりの頃。
周囲に溶け込む事もなく、毅然とした態度でいつも窓辺に車椅子をつけて、窓下の中庭を眺めて過ごしていた。食事摂取量も思わしくなく、この日は私が介助をする事となった。
「お食事をお持ちしました」
私が朝食の配膳をするとお婆さんは私が隣の席に座るのを止めた。
「ごめんなさい、空席じゃないの。待ち人がいるのよ」
お婆さんは上品な言い回しで私を見つめて少し微笑むと、また窓下を眺めた。
「ここのレストランは眺めがいいわね」
お婆さんはふと呟いた。アセスメント表では中程度の認知症が進んでいると書かれていた。
「当店のご利用、誠に有難う御座います」
私はお婆さんの世界観に合わせて対応した。するとお婆さんは私に振り向いて言った。
「ただの食事なのに、こんな華族が行きそうな小洒落た所に予約するなんて、彼は一体何を考えてるのかしらね」
「デート、なんですね!?」
と、私は思わず言ってしまったがお婆さんは
「誘われただけよ、そんなんじゃないから」と笑った。
会話の最中、中庭を1人のお爺さんが歩いてゆく姿が見えた。背筋の伸びたお爺さんだった。
「来たわ、彼よ。どうしましょう、あなたがデート何て言うからドキドキして来たじゃない!」
お婆さんは急にソワソワとし出した。まるで二十代の乙女にでも戻ったかのような慌てぶりだった。と言うより、二十代の頃に戻っているのかもしれない。「認知症は記憶の旅」専門学校で教わった事を思い出した。
お爺さんが階段を上がって私たちのいるフロアに入って来た。窓辺にいるお婆さんを見つけると笑顔で声を掛けた。
「待たせたね、さぁご飯にしようか」
と言って隅にあるシンクで手を洗うと、お爺さんは私に軽く会釈して席に着いた。お爺さんの手にはコンビニ弁当があった。私も会釈を返し、その場を後にした。
老夫婦は楽しげに会話しつつ食事を共にした。
窓辺に見える中庭にはアマランダの花が咲き乱れていた。
花言葉は「恋に落ちる前」
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