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何気ない言葉
別に大して気にせずした発した言葉だった。
でもその何気ない言葉が一番祥子のことを知ることになるなんて思わなかった。
それは横山に関することだった。
「横山もベローチェが好きなんだって」
その時、祥子は少し顔を綻ばせたのだった。
何だ?
祥子はその時、誠一が今まで見たことがない顔をした。
誠一はその時、祥子が横山のことを誠一が話している以上に知っていることを悟った。
何を隠しているんだ?
誠一はその時、違和感を通り過ぎて、嫌悪感すらあった。
祥子がさっきまで思いを馳せていた何かに横山もいるのだろうか。
誠一は、なぜそこにいるのが、誠一ではなく、横山なのか分からなかった。
ただ祥子が想う相手が、横山ではなく誠一の知らない誰かであったらいいと、よく分からないことを願ったりもしていた。
というより、この想像のすべてが全部誠一がやっていることだった。
これまで悩んでいる全てが、全て誠一がしていることだ。
誠一は自分の想像をすべてぶち壊したくなった。
誠一は祥子を見た。
「俺もベローチェが好きだ」
本当はそんなことがいいたいわけではなかった。
そんなことを言っている自分が嫌だった。
でもその時、今日初めて祥子が笑ったことに気づいた。
誠一もつられて笑った。
そして祥子を見た。
祥子の笑顔もいいな。
またそんなことを思いながら、ただそんなことに感動していたのだった。
誠一はもしかして自分が思っている全てを今まで伝えられていれば、もっとうまく行ったのかもしれないとまで思った。
でもすぐに思い直した。
自分が思っていることを知ったら、きっと気持ち悪いと思われる。
祥子のグラスを見た。
もうアイスカフェラテは飲み終えていた。
なんとなくそろそろ出ると思っていた時に、ちょうど祥子も自分の荷物を持って立ち上がった。
何も言わなくても通じているのが、夫婦らしいと思い、誠一は少し自信を取り戻した。
それだけ同じ時間を今まで生きてきたのだ。
誠一はそう思った。
でもそれと同時にそれだけ時間を過ごしてきたのにもかかわらず、祥子のことを知らないのであった。
これは普通なんだろうか。
普通なんて今まで考えたこともなかったが、その時誠一はその普通という言葉に励まされたかった。
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