確かなこと

1/1

45人が本棚に入れています
本棚に追加
/45ページ

確かなこと

祥子は美味しそうに手羽を食べていたが、二口食べて、また誠一にその食べかけの手羽を差し出した。 目の前に差し出された、その祥子の食べかけの手羽に誠一は迷って、食らいついた。 なんだか自分らしくなくて笑ってしまった。 祥子も笑っていた。 もし二人があともう少し若かったら、もっと仲良くしてもいいかもしれないが、さすがにそこまでしたら笑えない。 それを考えると、30年以上も一緒にいて、変わらないものがある方がおかしいのかもしれない。 「胃がもたれる?」 祥子はそう言って、胃薬を持ってきた。 誠一も胃薬を受け取り、飲んだ。 結局、ケンタッキーは二人で5本くらいしか食べられず、全部食べられなかった。 「冷凍すれば、また食べられる」と祥子は言うが、今度食べるのはいつになるのだろうか。 誠一は、すっかりくたびれてしまった胃に、30年と言う年月を感じた。 「今日、楽しかった」 祥子は改まって、誠一にそう伝えてきた。 誠一はなんだか恥ずかしいような、申し訳ないような気分になった。 でもこの気持ちをどうすればうまく伝えられるか分からなかった。 というよりも、これが言葉でどこまで伝えられるか分からなかった。 でも伝えたかった。 祥子が言葉を発してから、どれくらい時間が経っただろうか。 誠一は祥子のその言葉を流すわけでもなく、受け止めるわけでもなく、ただ何もできないでいるまま、時間を経たせてしまっていた。 祥子は誠一のその間をちゃんと待ってくれていた。 さすがにそれは気まずい無言になった。 たぶん若ければ、ここで抱きしめるというのもありだったかもしれない。 でもそれは誠一にとって、若すぎた。 そんな誠一にとって、きっと言葉こそがありだったんだと思う。 でもその肝心の言葉が、誠一にはなかった。 代わりに誠一はちゃんと祥子を見ようと思った。 祥子はそこにいた。 そこにいるのは、30年ともに時間を過ごしてきた祥子だった。 目の前の祥子は誠一を見ていた。 何を自分は不安に思うことがあるんだろう。 その時、確かに誠一はそう思ったのだった。
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!

45人が本棚に入れています
本棚に追加