嫌悪という類

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嫌悪という類

あれから、どれ程時間が経っただろうか。 誠一はまだそこにいた。 祥子がいたのは、2日も前のことになる。 誠一は誰もいない部屋を見渡した。 あまりに部屋が広く感じられた。 そしてその理由は考えるようなことではないことを誠一は知っていた。 あれは、あの幸せを失う程のことだったのだろうか。 誠一は祥子を想った。 祥子というよりも、一緒にいるのが当たり前だと信じていたことを思い出した。 そしてあの感覚が誠一にとって幸せだということを知った。 もしかしたら祥子自身も分かっていなかったのかもしれない。 誠一とのことは、大したことがなくて、とてつもなくつならないことだったのかもしれない。 誠一自身、今までのことをそこまで思い返すことはなかった。 それは思い返すようなことでもないということだったからではないか。 失った時初めて、失いそうになった時初めて、誠一は全てが惜しくなったのだ。 そして実際失ってみて、感じたことは、想像以上だった。 ある意味、想定外だと言った方が良かったかもしれない。 誠一は感情を失い、明らかに気力がなくなっていることに気づいていた。 まるで生きながらにして、どう生きていたのか忘れてしまったかのようだった。 誠一は今までだって、どう生きているか自覚しているわけではなかったが、それでも生きているという実感はあった。 でも今はその実感がなかったのだった。 誠一は失って初めて分かる感覚に、いつまでも慣れる気がしなかった。 電話が鳴った。 きっと会社からの連絡だと思った。 誠一は昨日無断欠勤したのだった。 そして今日もまだ連絡をしていない。 誠一はいま全てを失おうとしていた。 でもどうしても何もできなかった。 誠一は、後悔しかなかった。 そして自分を責めることしかできなかった。 誠一はふいにあの日の祥子を思い出した。 祥子は誠一の中に、何かを見た。 そして祥子は家を出て行ったのだった。 誠一はそれが何だったのか知っていた。 それは明らかに嫌悪感という類のものだった。 その時、誠一の中で愛情と言うもの全てが嫌悪に代わっていたのだった。 そしてそれはその気配を隠せないくらい大きいものだった。
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