営業に向いていそうな男

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営業に向いていそうな男

「お疲れ様です」 横山だった。 「ここいいですよね。僕は大体ランチはここか、あっちにあるラーメン屋なんですよ」 誠一はもう少し自分の世界に浸っていたかった。 残念というより、現実に引き戻してきた横山に苛立たしささえ感じた。 少し素っ気なかったかもしれない。 でも誠一のそんな心中にはお構いなしに、横山は誠一の隣に座った。 誠一のカフェラテとサンドイッチを見て、横山は「私もこれ好きなんですよ」と相変わらず愛嬌良く誠一に話しかけるのであった。 「ここにいると落ち着くんですよね。なんだか学生の時に戻った気がして」 そう話す横山が意外だった。 周りにはサラリーマンで溢れているのに、そう感じられる感性が信じ難かった。 「学生の時によく行ってたんですよ。ここでこんな大人にはなりたくないって思っていたんですけどね」 横山はようやく誠一に気を遣い、「余計なこと話してしまって」と言うのだった。 なんとなく気まずくなってしまって、その気まずさを紛らわすためか横山はコーヒーを一口飲んだ。 「先日会ったことは本当に話さないで置いてくださいね。お願いしますね」 これが横山の本題だった。 「なんで家に来たんですか?」 横山曰く、祥子がネットで資料請求したようだった。 その後に問い合わせフォームで訪問販売希望と受けたそうだ。 普段は訪問販売はしないようだ。 結局その時は購入せず、後日連絡をすることになったらしい。 意外だった。 「うちは妻も子どももいないので、仕事をしていない時であれば、空き時間で伺うこともできるんですよ」 別に知りたくもないのに横山はそんな情報を誠一に打ち明けるのであった。 横山は、どちらかと言うと営業に向いていそうな男だと思った。 なんというか不愉快な話でも違和感なく、話が進んでいきそうだった。 誠一から見ても、横山の今の仕事は向いていなさそうだった。 だから仕事を転職したいのだろうか。 「私、実はバツイチなんです。子どもは元妻が引き取ったんで僕は普段一人でいるんですよ」 また聞いてもないのに、身の上話を始める横山が不思議だった。 でもなんとなく横山はいい人だと思った。 そう思わせてしまうところも、この男の思惑かもしれなかったが、それも誠一が警戒をしすぎているせいかもしれなかった。 それにしてもバツイチとは意外だった。 年は誠一と同じ年くらいだ。 他人ごとだとは思えなかった。 横山は離婚に関してはそれ以上軽率に話すことはしなかった。 かといって直接聞くこともできず、結局知らずじまいであった。
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